トリオ・ホーボーケンのピアノ三重奏曲集(ハイドン)

トリオ・ホーボーケン(Trio Hoboken)による、ハイドンのピアノ三重奏曲4曲(Hob.XV:18、XV:19、XV:20、XV:31)を収めたアルバム。収録は2008年5月19日から23日、マルセイユの教会(Chapelle des Dames Reunies, Marseille)でのセッション録音。レーベルはLyrinx。
このアルバムはいつも当方の所有盤リストにないアルバムを貸していただく湖国JHさんから最近送られてきたものの中の1枚。いつもながら素晴らしいアルバムを貸していただけるので楽しみにしておりますが、このところ前記事で取り上げた初録音の検証に時間がかかり、取り上げるのが遅くなてしまいました。
このアルバムの演奏者はなんと、「トリオ・ホーボーケン」。ピアノ三重奏曲の生みの親であるハイドンの作品の作品番号をつけた人の名を冠したトリオによるハイドンのピアノ三重奏曲集。これで演奏がキレてなかったら笑えません。設立は2003年でレパートリーは古典から現代音楽ということで、主にフランスヨーロッパで活躍しているトリオ。このアルバムはおそらく彼らの2枚目のアルバムで、最初のリリースはドヴォルザークとスメタナのピアノトリオを収めたもの。このアルバムを録音したときのメンバーは下記のとおり。
ヴァイオリン:サスキア・レティエク(Saskia Lethiec)
ピアノ:ジェローム・グランジョン(Jérôme Granjon)
チェロ:ルノー・デジャルディン(Renaud Déjardin)
もちろん日本では知る人はあまりいないのではないでしょうか。先に触れたとおり、このアルバムの演奏はトリオの名に恥じることのない素晴らしいものでした。
Hob.XV:18 Piano Trio (Nr.32/op.70-1) [A] (before 1794)
響きの良い広い空間の真ん中にピアノがしっかり定位。中庸なテンポでヴァイオリン、チェロ、ピアノが溶け合うように響き合う入り。ピアノは粒立ちよく、ヴァイオリンはくっきりキレて非常に鮮明。チェロが若干音量を落とし気味なのは軽さを出そうということでしょうか。冒頭からオーソドックスながら緊密なアンサンブルの魅力に溢れた演奏。もちろんハイドンは得意のレパートリーでしょうから、曲自体の勘所をしっかり押さえて的を射た緩急のコントロール。ピアノとヴァイオリンがアンサンブルを牽引するタイプの演奏です。
続くアンダンテは訥々としたピアノに乗って枯れたような気配が満ちるなか、中間部に入るとヴァイオリンとチェロによるなんとも言えない暖かさに包まれます。このあたりの変化の上手さは流石なところ。
そしてさっとフィナーレに入り、ジプシー風のメロディーを各パートが鮮やかに受け継いでいきながら高揚していく様子も見事。終盤の盛り上がりも力まかせではなく、軽やかさを保ちながら徐々にカオスに包まれます。いやいや見事。これは素晴らしい。
Hob.XV:19 Piano Trio (Nr.33/op.70-2) [g] (before 1794)
ピアノの入りから詩情が滲み、ひろい空間を感じさせる実に落ち着いた導入。ピアノのリズムの間が実にいい。そしてヴァイオリンも落ち着き払ってピアノに寄り添い、チェロはヴァイオリンの影のように控え目。この短調の曲の穏やかな陰りを絶妙に表現。暗さと明るさの変化を実にデリケートに表現してきます。演奏によってはこれほどデリケートなニュアンスを感じることはないのですが、この曲でこれほどの情感を表現できるのは相当な表現力があってのことでしょう。特にピアノのジェローム・グランジョンの描く表情の豊かさが印象的。サスキア・レティエクのヴァイオリンは雄弁なほどではありませんが、ピアノのニュアンスに寄り添うような素朴な味わいを感じさせるもの。コントロールされた素朴さといった感じ。この曲でもチェロは控え目。前曲ではフィナーレでグッとせり出してきましたが、チェロは影に徹するよう。
この曲の2楽章は1楽章とのつながりがまったくないような予想外の入りにいつも驚くのですが、この演奏ではそのそよ風のような意外性をうまく演出していて、なるほどと思わせる説得力があります。半ばよりピアノの美しいメロディーに耳を奪われます。聴くたびにハイドンの創意の豊かさにいつも唸らされる曲です。
そしてフィナーレへの展開も常人の想像を超えるもの。このメロディー、どうやって思いつくのか。トリオ・ホーボーケンの演奏は、この曲はかく演奏すべきとの確信に満ちていて、完全に身を委ねることができる秀演です。
Hob.XV:20 Piano Trio (Nr.34/op.70-3) [B flat] (before 1794)
ほのかなコミカルさを帯びながらも音楽の楽しさにあふれた独特の入り。完全に曲を掌握しているこのトリオだからできる余裕たっぷりの自在な表現。どこにも不自然さはなく、ピアノの左手の打鍵に合わせて体が弾みます。あちこちにちりばめられたピアノの磨き抜かれた美しいメロディーを楽しみながらの進行。いやいやこれは絶品です。完全にトリオ・ホーボーケンの演奏に引き込まれます。名旋律とキレのいい転調、そして緩急の絶妙なコントロールにノックアウト。
ヴァイオリンソナタのようなアンダンテ・カンタービレの入り。長いピアノの序奏に続いてヴァイオリンソロが入り、そしてチェロが加わってトリオであることにはっとさせられる構成。決して同じアイデアを繰り出してこないハイドンの音楽の真骨頂でしょう。シンプルなピアノの伴奏が美しさを極めて最後に強奏で今一度はっとさせられます。
フィナーレの入りも驚きの連続。さらっと違うアイデアを出してくるハイドンのいたずら心をよく踏まえた演奏。トリオ・ホーボーケンはハイドンの気持ちを完全に理解して聴く者にハイドンの創意を新鮮なまま届けてくれているようです。最後の盛り上がりも見事。
Hob.XV:31 Piano Trio (Nr.41/op.101) [E flat] (1795)
ピアノトリオの最終期の作品。2楽章構成。序奏からえも言われぬ深みを帯びた音楽がいきなり沁みます。中盤から光が射したようにほんのりと明るさを帯び、音楽に温かみが宿ってきます。このニュアンスの豊かさがトリオ・ホーボケンの聴かせどころとわかって安心して音楽に酔います。なんでもないメロディーに生気が宿り、音楽が膨らみ、表情の変化やふとした間がすべて意図されたとおりに演奏されます。この曲でもいくとおりもの陰りと明るさが交錯する実に深い音楽に驚きます。
最後は3分少々と短い楽章ですが、閃きの宝庫のようなハイドン晩年の円熟の筆致による音楽。コミカルさもありながら、緊密なメロディーの構成に打たれます。セッション録音ですが、最後の曲が終わったあとはスタッフによるものか拍手が収められています。
ハイドンを演奏するために結成されたにちがいないトリオ・ホーボーケンのピアノトリオ集ですが、まさにその名に恥じることのない名演ばかりが詰まった素晴らしいアルバムでした。ピアノトリオはハイドンの晩年の作品が多く、よく聴くと音楽の構成やアイデアは素晴らしいものばかり。その名曲の真髄を把握して余裕たっぷりに演奏されることで、これらの名曲の真価がしっかりと伝わります。室内楽好きな方には是非聴いていただきたい名盤といっていいでしょう。評価は全曲[+++++]としました。
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