アンドリュー・ワイルドのピアノソナタ集(ハイドン)

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アンドリュー・ワイルド(Andrew Wilde)のピアノによるハイドンのピアノソナタ3曲(Hob.XVI:20、XVI:42、XVI:44)とアンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)の4曲を収めたアルバム。収録は1991年10月、ロンドンの北東約20kmのところにあるラフトン(Loughton)のセント・ジョーンズ教会でのセッション録音。レーベルは英Collins CLASSICS。
このアルバムもしばらく前から湖国JHさんに貸していただいているもの。なぜか当家のCDプレイヤーと相性が悪く、ちょっと音飛びするところがあるのですが、試行錯誤しているとMacなら聴けることがわかりました。演奏はピアノの美しい響きと静寂の織りなす綾をうまく表現した名演盤。ハイドンのピアノソナタを謙虚に弾きつつ、その真髄を極めた演奏といっていいでしょう。
演奏者のアンドリュー・ワイルドはまったく未知の人なので、ちょっと調べてみますが、ライナーノーツには奏者の情報がまったくありません。ということでいつものようにネットで調べた情報。1965年イギリス生まれのピアニストでマンチェスターのチェザム音楽学校、ロイヤル・ノーザン・カレッジで音楽を学び、ピアニストとしてはショパンを得意としている人。活動は主にイギリスやアメリカのようで、ロンドンフィルをはじめとするイギリスの主なオケとは共演履歴があります。いずれにしても日本で知っている方は少ないのではないでしょうか。
Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
教会での録音らしくピアノの余韻の美しい録音。ピアノの響きの透明感はかなりのもの。録音のマイク設定などが上手いのでしょう。ワイルドのピアノはオーソドックスな演奏ですが、自然な流れの中にもテンポをすっと落とすところのさりげない美しさ、高音のメロディーがすっと抜けるような爽やかさが感じられる実に品のいい演奏。よく聴くとかなりテンポを自在に操っているんですが、それと感じさせない自然さがあります。作為的に聞こえる感じは皆無。ピアノ自体が音楽を語っているような印象。速いパッセージの音階は非常に軽やかで音階の大きな起伏だけが目立ち、細かい音階は小々波のように聞こえます。このXVI:20はハイドンのソナタの中でも格別美しいメロディーがちりばめられていますが、その美しさの結晶のような演奏。1楽章から引き込まれます。
綺羅星の輝きのような美しさに打たれる2楽章。ワイルドの自然なタッチと作為のない佇まいは冒頭から澄み切った冬の夜空に天の川を眺めるがごとき至福のひととき。あまりの自然さ、凛とした美しさに言葉になりません。淡々と進むピアノから自然に詩情が滲み出てくる感じ。
その自然さをそのまま引き継いでフィナーレに入り、ピアノを美しく響かせながら自然な感興で適度にダイナミックに攻めてきます。冒頭から一貫したスタンスの演奏。川の流れのようにしなやかに表現を変えながらここまで滔々と音楽が流れます。最後はピアノ全体を鳴らしきって終了。これはいいですね。
Hob.XVI:42 Piano Sonata No.56 [D] (c.1783)
つづいて2楽章構成の曲。ピアノの響きの美しさを存分に味わえる曲。高音の響きの美しさを聴かせたかと思うと、中音、低音もそれに合わせて実に深い響きで呼応。どの音も実に立体的に鳴り響きます。鍵盤からこれほど彫刻的な音が紡ぎ出せるのが不思議なほど。音の隅々までコントロールされた至高の名演です。ブレンデル盤やアックス盤以上にピアノの響きの美しさに酔える演奏。
2楽章はあっという間に終わる短い曲ですが、忙しく上下する音階の合間に楔のように強音を挟んで、素晴らしい力感を見せつけます。あまりの展開の見事さに息を呑むほど。
Hob.XVI:44 Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
もう1曲2楽章構成の曲。今度は短調でリズムの面白さを聴かせる曲。なかなか巧みな選曲。ピアノの響きを美しく聴かせる曲をうまく選んでいる感じ。いい意味で弾き散らかすようなタッチの面白さを感じさせます。2楽章もリリカルな曲調が美音で際立ち、磨き抜かれた響きの中にメロディーがくっきりと漂う絶妙な音楽。ここまで完璧な演奏。この完成度は尋常ではありません。そしてピアノのコンディションも完璧。全てが調和した奇跡の瞬間のような音楽。
Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
最後は数多の名演ひしめく名曲。これまでの演奏からその出来についてはまったく不安はありません。どれほどの起伏と翳りの深さを聴かせてくれるのでしょうか。冒頭の入りはこのあとの展開を際立たせるためか、実に穏やかな入り。変奏が進むにつれて徐々に起伏が大きくなり、曲もうねりを伴って展開していきます。それでも自然さと、フレーズごとにしっかり休符をとって曲の構成を浮かび上がらせる手腕は前曲までと変わらぬレベル。オーソドックスではあってもこの名曲の名演に名を連ねるレベルに仕上がっています。
まったく未知の存在だったアンドリュー・ワイルドによるハイドンのピアノソナタ集ですが、ピアノから美しい響きを紡ぎ出すことにかけては一流どころに引けを取るどころか、十分勝負になる演奏。この人のアルバムはベートーヴェンのソナタ集の他数枚しかリリースされていないようですが、マーケットはこれほどの腕前のピアニストを見過ごしていたのでしょうか。ハイドンに関する限り、このアルバムはピアノソナタのおすすめ盤として、ブレンデルやアックス盤以上の魅力をもっています。評価は全曲[+++++]としておきます。
このアルバムをリリースしているCollins CLASSICSですが、このレーベル、ロバート・ハイドン・クラークの交響曲集など、ハイドンに関しては素晴らしいアルバムをリリースしており、ハイドンファンにはとりわけ重要なレーベルだと思います。こういう素晴らしいレーベルが生き残っていないのは大きな損失ですね。
2015/04/09 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : ヴァンブラ弦楽四重奏団のラルゴ(ハイドン)
2010/07/19 : ハイドン–交響曲 : ロバート・ハイドン・クラークの交響曲集
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