作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のアルバム収集とレビュー。音楽、旅、温泉、お酒など気ままに綴ります。

ロザムンデ四重奏団の皇帝、ひばり、騎士(ハイドン)

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このところ良くコメントをいただくSkunjpさんオススメのアルバム。当方のコレクションにありませんでしたので、早速注文して届いたもの。

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TOWER RECORDS / amazon(mp3) / HMV ONLINEicon

ミュンヘン・ロザムンデ四重奏団(Rosamunde Quartett München)の演奏による、ハイドンの弦楽四重奏曲からOp.76のNo.3「皇帝」、Op.64のNo.5「ひばり」、Op.74のNo.3「騎士」と有名曲ばかり3曲を収めたアルバム。収録は、ベルリンの南の街ランクヴィッツ(Lankwitz)にあるジーメンス・ヴィラ(Siemens-Villa)という古い教会のような建物でのセッション録音。レーベルはBerlin CLASSICS。

ロザムンデ四重奏団のアルバム手元にECMレーベルからリリースされている「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」がありますが、堅実な演奏との認識で、これといって強く印象に残る感じはしませんでした。今日取り上げるアルバムは冒頭に触れたとおり、ハイドン愛好家のSkunjpさんのオススメのアルバム。もちろんそう言われて黙っているわけにもいかず、早速注文を入れてみた次第。実はこの演奏、当ブログへのコメントで教えていただいた直後に調べたところApple Musicにも登録されていて、通勤帰りにちょっと聞いてみたりしたのですが、正統派の折り目正しい演奏と聴きましたが今一つイメージがパッとしません。この手の演奏はアルバムでちゃんと聴くと印象も異なることがあるということでCDのほうも注文したという流れです。

ロザムンデ四重奏団は1992年に設立されたクァルテット。クアルテットのウェブサイトが見つかりましたが、2009年以降更新されておらず、もしかしたら現在は活動していないかもしれませんね。このアルバム収録当時のメンバーは下記のとおり。

第1ヴァイオリン:アンドリアス・ライナー(Andreas Reiner)
第2ヴァイオリン:ダイアン・パスカル(Diane Pascal)
ヴィオラ:ヘルムート・ニコライ(Helmut Nicolai)
チェロ:アンヤ・レチーナー(Anja Lechner)

ROSAMUNDE QUARTETT

クァルテットの行方はともかく、このアルバムの演奏を紐解いてみましょう。

Hob.III:77 String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartetett" 「皇帝」 [C] (1797)
もちろんApple Musicと同じ演奏なんですが、音の広がりや定位感、実在感はCDのほうが上。実にオーソドックスな演奏ゆえ、Apple Musicではちょっと凡庸に聴こえなくもありませんでしたが、CDで聴くとしっかりとした芯のある音色と、堅実な弓裁きの魅力が伝わります。テンポはカッチリと決め、これ以上几帳面な演奏は難しいほどに規律正しい演奏。たしかに何もしていないんですが、何もせず、きっちり演奏することでハイドンの魅力が浮かび上がるという確信に満ちた演奏。音量を上げて聴くと素晴らしいリアリティーに打たれます。教科書的という言葉をアーティスティックにデフォルメしたような冴えわたる規律正しさ。この演奏に一旦ハマると他の演奏が軟派に聴こえるかもしれません。揺るぎないリズムの刻みに圧倒されます。表現の角度は異なりますが、この一貫性はクナのワーグナーのような雄大さを感じさせなくもありません。
ドイツ国家のメロディーとなった2楽章も言ってみれば何もしていませんが、キリリとした表情でクッキリと陰影をつけアダージョが冬の日差しに峻厳と輝くアルプス山脈のような迫力で迫ってきます。辛口というテイストの問題ではなく、まさにリアリズムの世界のよう。終盤ちょっとテンションを緩めた変奏部分が妙に沁みます。各パートとも磨き抜かれ、冷徹なまでに冴え渡ります。
もちろんメヌエットもキレキレ。青白い刀の刃の輝きのような冴えが全編に漂います。リアルなクァルテットの響きにゾクゾクします。
切れ込むような鋭い響きからはいるフィナーレ。あちこちに切れ込みながら音楽が進み、険しい表情を張り詰めた音色で描いていきます。力の入った演奏ですが、力任せすぎず、鋭利さとバランスを絶妙に保ちながらの演奏。このバランス感覚の存在こそたロザムンデ四重奏団の特徴でしょう。

Hob.III:63 String Quartet Op.64 No.5 "Lerchenquartetett" 「ひばり」 [D] (1790)
名曲3点セット的選曲です。つづくひばりは予想どおりバランスの良い几帳面なリズムから入ります。冒頭のキリッとしたリズムの刻みと、伸びやかなヴァイオリンはまさに想像したとおり。演奏スタイルは一貫しており前曲を聴いて頭に描いたイメージどおりです。録音がクリアなので、クァルテットの響きの冴えを十二分に味わうことができます。主題の繰り返し部分では表情を変えることがないのですが、逆に再び登場するメロディーがまったく同じように響く快感を味わえます。途中からチェロがクッキリと浮かびあがり、見事に解像するアンサンブルの快感も味わえます。終盤再び繰り返されるメロディーのキレのいいことと言ったらありません。
つづくアダージョもテンションはそのまま、ゆったりとしたメロディーながら響きはタイトなまま切れ込みます。一貫したスタイルが売りものですが、ここまで一貫しているとは。メヌエットもまったく揺るぎない展開。
そしてフィナーレでは若干柔らかめに入りますが、テンポの安定感は変わらず、徐々にテンションが上がり、タイトな音色の連続にトランス状態に入りそうな勢い(笑)。短いフィナーレの最後はグッと音量を上げてクライマックスに至ります。

Hob.III:74 String Quartet Op.74 No.3 "Reiterquartetett" 「騎士」 [g] (1793)
最後も名曲「騎士」。もはやこの一貫したスタイルの魅力に押され気味。カッチリとした表情、余人を寄せ付けない緊張感、手綱をすこしだけ緩めて起伏を表現するスタイル。いずれもロザムンデ四重奏団の突き抜けた個性です。このテンションの高さだけの連続だったら単調にも聴こえたでしょうが、そうは感じさせない表現のコントロールもあります。この曲に潜む陰りのようなものの表現は秀逸。冴え冴えとした表情だからこそ陰の部分の陰影が深い。
精妙なアンサンブルが聴きどころの2楽章。アルバン・ベルクではちょっと作った感じに聴こえたこの楽章が、自然さを保ちながらの精妙さに至り、活き活きとした表情に感じられます。よく聴くとボウイングに呼吸のような自然さが宿っており、ただタイトな響きではないことがわかります。このあたりがクァルテットの難しいところ。硬さを表すのに柔らかさが必要なんでしょう。この騎士では弱音と間の美しさも感じられます。
そしてメヌエットも前2曲よりも心なしかしなやか。リズムのキレはそのままにすこし力を抜いて粋なところを聴かせます。
最後のフィナーレは松ヤニが飛び散りそうなヴァイオリンの弓裁きを堪能できます。各パートそれぞれの音のエッジが立って際立つスリリングさ。この騎士だけがすこし力を抜いた面白さを加えてきました。

ロザムンデ四重奏団によるハイドンの名曲集。クッキリと浮かび上がる各パートの緊張感のあるやりとりとタイトな響きの魅力に溢れた演奏でした。Skunjpさんのコメントにある、「主旋律にからむ対位旋律、副旋律、伴奏型のすべてが雄弁で、4人が精密かつ有機的に共鳴し合う」という意味がよくわかりました。クァルテットの演奏は千差万別。ハイドンの名曲の様々な面に光を当て、現代にあってもその魅力を表現し尽くした感はありません。ハイドンの皇帝、ひばり、騎士のオーソドックスなスタイルの名演奏としてハイドン好きな皆さんにも一度聴いていただきたい演奏ですね。評価は3曲とも[+++++]とします。

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2 Comments

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Skunjp

対位法の大伽藍

Daisyさん、こんにちは。緊急避難警報が出たので急ぎ帰社途中です。早く家に帰ってハイドンを聴かねば(笑)

さてロザムンデ四重奏団をレビューしていただき有り難うございます。

ね、素晴らしいクァルテットでしょう?(笑)

「冬の日差しに峻厳と輝くアルプス山脈のような迫力」まさにその通りですね。

私達の間で最大のほめ言葉のひとつは、「何もしていないのにすごい」です。実は、「何もしてない」のではなく、「すごいことをしながら何もしていないように」見せているだけなのですが…。

そのような演奏家は大衆受けはしません。でも玄人筋の熱い信頼を得ます。逆に、いかにも「やっている」ことをアピールすれば確かに人気は出ます。たとえばアルバン…むにゃむにゃ。

ロザムンデ四重奏団は一種の極北で、私のクァルテットの聞き方を変えました。「試しに、すべての声部を聴いてみる」、そのような覚悟のもと聴覚を研ぎ澄まして聴くとき、初めて見えてくる世界がありました。それはディベルティメントとは真逆の世界、対位法の大伽藍でした。ハイドンの恐るべき楽曲構築能力が明らかになります。

  • 2015/09/09 (Wed) 15:07
  • REPLY

Daisy

Re: 対位法の大伽藍

Skunjpさん、コメントありがとうございます。
今回の台風、東京では風はたいしたことありませんが、雨がすごいですね。昨夜は土砂降りの中新宿で飲んでました(笑)

「対位法の大伽藍」、まったくその通りですね。ハイドンの弦楽四重奏の極北の姿の一つでしょう。こうした険しい面がある一方、ディヴェルティメントに代表される実に機知に富んだ愉快な面もあり、マルチヴァレントな創造性が真の魅力だと思おます。

まだまだ掘り下げる価値がありそうですね。(二日酔いにつき短文失礼!)

  • 2015/09/10 (Thu) 08:31
  • REPLY