作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

クイケン三兄弟によるフルート三重奏曲集(ハイドン)

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今日はアルバムの整理をしていて、実に久しぶりに聴き直したアルバム。

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ROWER RECORDS / amazon

バルトルト・クイケン(Barthold Kuijken)のフラウトトラヴェルソ、ジギスヴァルト・クイケン(Sigiswald Kuijken)のヴァイオリン、ヴィーラント・クイケン(Wieland Kuijken)のチェロによるフルート三重奏曲6曲を収めたアルバム。これはハイドンのバリトン三重奏曲6曲(Hob.XI:109、XI:118、XI:100、XI:109、XI:82、XI:110)を1803/4年、ジムロック社がフルート三重奏曲に編曲し出版したもの。収録は1986年3月、ベルギー東部、リンブルフ(Linburg)地方のアルデン・ビーセン騎士団城(Slotkapel of Alden Biesen)でのセッション録音。レーベルはベルギーのACCENT。

このアルバム、手に入れたのはかなり前でおそらく1990年代。ベルギーのACCENTレーベルは学生時代に通った代々木のジュピターレコードの店主のおじさんが当時あまり知られていなかった頃から細々と輸入して日本に紹介していたレーベル。今日取り上げるアルバムはもちろんCDですが、ジャケットは昔のACCENTレーベルのLPそのままのセンスの良さを感じるもの。アルバムから立ちのぼる高貴な雰囲気がたまりません。

ハイドンのフルート三重奏曲といえば、有名なロンドントリオやピアノ三重奏曲の編曲がポピュラーなところですが、このアルバムに収められているのは、バリトン三重奏曲をもとにフルートに編曲したもの。フルート版に編曲されたピアノ三重奏曲やロンドントリオは1790年代とハイドンの晩年の作品ですが、このアルバムに収められたバリトン三重奏曲はおそらく1770年代の作曲。構成も緊密で曲想もくっきり明快な前者に対して、ハイドンが仕えたニコラウス侯が愛好し、ニコラウス侯が演奏するために書かれたバリトントリオは、技巧を凝らさず、ゆったりと穏やかな曲想で、摩訶不思議なバリトンの響きの特徴を活かすべく書かれた幽玄というか不思議な魅力をもっています。それゆえこのフルート三重奏に編曲された版も独特の雰囲気満点。自然な表現ながら精緻な技巧をもつ名手クイケン三兄弟の手にかかって、この摩訶不思議な曲の魅力が一層際立つ素晴らしい演奏です。

Hob.XI:109 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1778, 72-78)
アダージョ-アレグロ-メヌエットという構成。原曲はハ長調ですがニ長調に編曲されています。アダージョの入りということで冒頭からとろけるような不思議な雰囲気に包まれます。厳かに繰り広げられるゆったりとしたアンサンブル。バルトルトの柔らかなフラウト・トラヴェルソの音色が実に心地よく響きます。冒頭から癒しに包まれます。続くアレグロでは自然な軽やかさ。適度な残響に包まれ、フラウト・トラヴェルソという楽器が空間に浮かぶような響き。曲想とマッチした自然な録音はACCENTならでは。フラウト・トラヴェルソの速い音階はトランス状態に誘うよう。最後のメヌエットは明晰にきっちりとリズムを刻んで入るものの、中間部の翳りがこの小曲に深みを与え、最後に再び快活に。バリトンの不思議な音色に関心を奪われることなく、フルートの流麗な音色でこの曲の構成の面白さが浮かび上がります。

Hob.XI:118 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 72-78)
アレグロ-メヌエット-プレストという構成。ト長調。演奏は実に安定しており、微塵もほころびを見せません。以降の曲は特徴を簡単に。ハイドンの曲は1曲1曲構成が独創的で同じ型紙から作ったような印象が皆無であるところが素晴らしいところ。この曲ではコミカルなメロディーとリズムが支配的。中でもフラウト・トラヴェルソの高音の伸びの見事さ、そして強弱の対比の見事さに改めて驚きます。静謐な空間に繰り広げられる愉悦感に満ちた音楽。

Hob.XI:100 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [F] (before 1778, 72-78)
モデラート-メヌエット-プレスト。ト長調。しっとりとした入り。途中でさざめくように音量を落とす部分でハッとさせれられる一方、フラウト・トラヴェルソの強音を効果的に使います。もともとフルートで書かれた曲ではないかと錯覚するほど、フルートが馴染んでいます。7分超の1楽章は聴きごたえ十分。そして軽いメヌエットにコミカルな終楽章がさらっとついたなんとも言えないバランスが心地良い。

Hob.XI:82 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1772?, 69-71)
アダージョ-アレグロ-メヌエット。ニ長調。1曲目同様アダージョからの入り。こうしていろいろ聴くと、アダージョからの入りも悪くありません。すでにクイケン三兄弟の繰り出す癒しの音楽に浸りきっているため、このなんとも言えないゆったりとした流れが実に心地よいです。よく聴くとこの曲ではチェロがシンプルながら印象的なメロディーでアンサンブルを支えています。続く2、3楽章でもチェロの演奏に耳を傾けると、実に見事な弓裁き。最後のメヌエットの中間部の沈み方が実に印象的。

Hob.XI:103 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [A] (before 1778, 72-78)
モデラート-メヌエット-スケルツォ。ハ長調。晴朗な入り。フラウト・トラヴェルソが浮遊するような独特の雰囲気がたまりません。この抑えた表情から浮かび上がる詩情。この浮遊感は2、3楽章にも引き継がれます。

Hob.XI:110 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1778, 72-78)
モデラート-メヌエット-プレスト。ニ長調。このアルバムで最も構成感を感じる入り。インテンポでリズムを刻みながら曲が展開し、各楽器の掛け合いによる緊密なアンサンブル。編曲者がこの曲をフルート三重奏曲に編曲した際に最後にもってきた意図がなんとなくわかります。全6曲の終結を飾るのにふさわしい曲ということでしょう。メヌエットもそれを受けて端正に展開、フィナーレも明るく快活に終わります。

クイケン三兄弟によるハイドンのバリトントリオを編曲したフルート三重奏曲集。いやいやこれは名盤ですね。以前バリトントリオをバリトンなしで演奏したリンコリントロ盤も素晴らしいものででしたが、こちらはさらに素晴らしいです。まさにACCENTの雅なジャケットどおりのセンスの良いもの。バリトントリオの不思議な雰囲気を感じさせながらも室内楽を聴く喜びに満ちた音楽が次々と栗だされ、聞いているうちに癒しに包まれます。不思議な曲調というだけでなく、この曲集に込められた機知や変化もさりげなく聴かせ、なにより3人揃って素晴らしい演奏ぶり。マイナーな存在ではありますが、ハイドンの音楽が好きな方なら、このめくるめく音楽の素晴らしさは、きっとわかっていただけるでしょう。評価は全曲[+++++]とします。

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2 Comments

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Skunjp

消え際の天才、バルトルド

Daisyさん、こんにちは。Skunjpです。
フルートの事をお書きになったのなら黙ってはおれません(笑)

普段、ろくすっぽCD解説など読まず、聴き散らかしておりますので、原曲がバリトントリオだとは知りませんでした。お恥ずかしい限りです。いつもためになる記事をお書きいただき有難うございます。

さて久しぶりに引っ張り出して聴いてみました。おっしゃるとおり、これは大名盤ですね。

実は、バルトルド・クイケンは私が最も尊敬するフルーティストです。
彼は「消え際の天才」です。彼の音楽には、「陽」から「陰」まで豊かなグラデーションがあります。

普通、フルート音楽ではこれほどの「陰」のパッセージは作りません。貧相になるからです。トラヴェルソでないモダンでは特にそうです。しかしバルトルドの音楽は、その暗いスミレ色の部分があるからこそ、「陽」とのコントラスが生きます。

そして息をのむばかりの音の消え際…。その先に魂が吸い込まれそうな虚空が広がっています。

一般の笛吹きは(私も含めて)、思わず息が走り、フルートならではのほとばしる楽天的な響きの快感に身を任せがちです。そこに、どこか過剰と単純化の感覚がつきまといます。

でも、バルトルドの音楽に過剰はありません。それなのに、限りなく豊穣です。バルトルドはフルート奏者である前に大芸術家なのだと思います。

彼のテクニックも芸術だけに奉仕しています。たとえば彼の何十種類ものタンギング!第5番を聴くと、星のまたたきを思わせるようなタンギングを聴くことができますね。

  • 2015/07/20 (Mon) 12:21
  • REPLY

Daisy

Re: 消え際の天才、バルトルド

Skunjpさん、コメントありがとうございます。なんか世の中は梅雨明けで酷暑となっておりますが、こうゆう時こそ涼やかな音楽を楽しみたいものですね。

Skunjpさん、流石にフルートには造詣が深いですね。私もバルトルト・クイケンの消え入るようなフラウト・トラヴェルソの素晴らしい響きに魅了されましたが、やはり演奏は相当にむずかしいのでしょう。「魂が吸い込まれそうな虚空がひろがっている」とはまさにその通り。そしてその音色に「暗いスミレ色」を感じるとは。ご指摘の通り、フルートは明るい音色ゆえ、こうした翳りの表現が得意な楽器ではないと思っていましたが、バルトルトの演奏では、逆に翳りや幽玄さまで感じさせますね。翳りがあるからこその「陽」の部分とのコントラストが音楽に深みを与えているのでしょう。

コメントをいただいて、ハッとして5番を聴き直してみました。フラウト・トラヴェルソの音色に集中して聴くと、実に表現が多彩であることに気づきますね。特にスケルツォの見事さといったらありませんね。千変万化する音色。これもハイドンがバリトンのために書いた曲にこれほどの深みを読みきった奏者の視点があってのことでしょう。コメントをいただいていろいろ気づかされました。

今後ともよろしくお願いいたします。

  • 2015/07/20 (Mon) 15:05
  • REPLY