エルデーディ弦楽四重奏団のOp.76(ハイドン)
最近、意図して取り上げている日本人奏者のアルバム。
エルデーディ弦楽四重奏団(Erdödy String Quartet)によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.76のNo.4「日の出」、No.5「ラルゴ」、No.6の3曲を収めたアルバム。収録は2004年2月25日から27日にかけて、山梨県牧丘町文化ホールでのセッション録音。レーベルはこのクァルテットの自主制作。
このアルバムは先日新宿のdisc unionで見かけて手に入れたもの。さりげないアルバムの造りから日本人奏者のものとは気づかずに手に入れましたが、帰って開封してはじめてそれと気づいたもの。ブログを書くために調べたところ、amazonなどネットショップには流れていないもののようです。クァルテットのウェブサイトを紹介しておきましょう。
エルデーディ弦楽四重奏団
エルデーディとはハイドンファンの方なら先刻ご承知のとおり、ハイドンに弦楽四重奏曲Op.76の作曲を依頼したエルデーディ伯爵のこと。このアルバム、エルデーディ伯爵の注文で作曲した曲を、エルデーディ弦楽四重奏団が演奏したという、クァルテットのオリジンのようなアルバムということです。このアルバムにはエルデーディ四重奏曲の後半3曲が収められていますが、もう1枚、前半3曲を収めたアルバムがあり、そちらも今回入手済みです。
エルデーディ弦楽四重奏団は1989年、藝大出身者によって結成されたクァルテット。メンバーを見ると、奇遇にも先日浜松市楽器博物館のリリースするアルバムでヴァイオリンを弾いていた桐山建志さんがヴィオラを弾いています。
第1ヴァイオリン:蒲生克郷(Katsusato Gamo)
第2ヴァイオリン:花崎淳生(Atsumi Hanazaki)
ヴィオラ:桐山建志(Takeshi Kiriyama)
チェロ:花崎薫(Kaoru Hnazaki)
設立後すぐの1990年から1992年、ロンドンでアマデウス弦楽四重奏団のメンバーによるサマーコースに参加しているとのこと。以後、国内を中心に活躍しています。弦楽四重奏好きな方ならご存知かもしれませんね。
このアルバムを取り上げたのは、もちろん演奏が素晴らしいということからですが、もう一つ奇遇が重なっています。このアルバムの録音会場となっている山梨県牧丘町の牧丘町文化ホールは、武田信玄の墓所がある恵林寺のすぐそば。実はこの春以降このあたりの恵林寺、放光寺、はやぶさ温泉、道の駅牧丘、近くのワイナリーなどには3度ほど訪れており、このアルバムの録音会場がすぐそばにあったことを知り、ちょっとびっくりした次第。なんとなく偶然にもご縁があったということでしょう。
アルバムをCDプレイヤーにかけた瞬間、瑞々しい響きが溢れてくる一聴して素晴らしい演奏。いやいや、これは名演ですよ。
Hob.III:78 String Quartet Op.76 No.4 "Sonnenaufgang" 「日の出」 [B flat] (1797)
日の出のゆったりとした柔らかい導入部。最初の研ぎ澄まされた一音にこのクァルテットのセンスが現れているよう。録音は実に自然で、鋭すぎず、弦楽器の実体感と自然な響きがうまく録られています。眼前でクァルテットが演奏しているような名録音。演奏も自然体でオーソドックスなものですが、落ち着いているのにスリリングで、各楽器の音色が微妙に異なるのがかえって心地よい印象を与えます。各パートが実にしなやかに歌い、アンサンブルの精度もなかなかのもの。ハイドンの音楽を自然体であらわした清々しい演奏。4人の音楽の重なりがいぶし銀のような味わい深さを醸し出します。1楽章から、ぐっと引き込まれます。
続くアダージョは素朴な響きの魅力で聴かせます。自然な呼吸が聞き手とシンクロ。まさに癒しの音楽。作為なく純粋に音楽を奏でているだけで、ハイドンの音楽の魅力が溢れ出してきます。素朴な表情と枯れた心境が交錯する魅力。無欲の音楽。絶品です。
メヌエットもそよ風のように入ります。この絶妙な入りのセンス、これまた絶品。音楽とはテクニックばかりではなく、こうした冴えた感覚が重要ですね。一貫して自然さを失わないこの感覚。音楽はしなやかに流れ続け、曲が進みます。さらりとレガートをかけ、さらりとリズムを取り戻す微妙な変化の連続に聞き手の感覚が研ぎ澄まされます。
フィナーレはしなやかで時に重厚。精度が高いというわけではないのですが響きは複雑で深く、音楽は実に豊か。最後は軽やかさも垣間見せて終了。見事。
Hob.III:79 String Quartet Op.76 No.5 [D] (1797)
1曲目から引き込まれっぱなしですが、続くこの曲でも緊張感とスタイルは保たれ、実に複雑な響きが繰り出されていきます。よく聴くとチェロの安定感がこのクァルテットの魅力の一つとなっているよう。パートごとに音色が微妙に異なるものの、音楽は一貫しているので、この複雑な響きを織り成していることがわかります。研ぎ澄まされた精度の高い演奏もいいものですが、このエルデーディ弦楽四重奏団のざっくりとした響きもいいものです。ハイドンの弦楽四重奏曲の素朴な魅力を表現し尽くしているよう。リズムに推進力があり、それが音楽をイキイキとさせています。
題名楽章のラルゴは、曲の美しさを知り尽くしたもののみが取りうるアプローチ。さらりとしながらも適度にしなやか。そして自然な呼吸によって浮かびあがる感興。静けさすら感じる終盤。これまた絶品。
そしてこの曲でもこれ以上しなやかには入れないほどのメヌエットの入り。このあたりの感覚の冴えは驚くほど。その後の自然な音楽の流れも素晴らしいのですが、曲の入りにハッとさせられるのもいいですね。あまりの自然さに驚きを覚えるとはこのことでしょう。
演奏によってはエキセントリックにも聴こえるフィナーレですが、もちろん非常にまとまりのよい入り。適度に躍動するリズムの心地よさが聴きどころでしょう。この曲でも音楽の深さを思い知らされます。
Hob.III:80 String Quartet Op.76 No.6 [E flat] (1797)
最後の曲も出だしの分厚いアンサンブルから惹きつけられます。音色に関する冴えた感覚はここでも健在。すぐにヴァイオリンの自在な掛け合いにハッとさせられます。円熟の極致のような技が次々と繰り出され、ハイドン晩年の機知の連続に酔いしれます。曲の魅力を知り尽くしているからこそできる表現と納得させられます。抑えた表情にも音楽の神様が宿っているよう。自在な表現はこのアルバムの総決算にふさわしい完成度。終盤のフーガのような深遠な音楽はハイドンの創意を踏まえて遊びまわるような自在さに至ります。
2楽章は1楽章で昇りつめたかと思った表現にさらに磨きがかかり、孤高の領域。神々しいまでの気高さ。この曲の到達した高みは、登ってみなければわからないほど。山頂で澄み切った黒にちかい紺色の天空を眺めるよう。凄みすら感じるそぎ落とされた音楽。絶句。
いつも不思議に感じるこの曲のメヌエット。昇りつめた向こう側は、極度にあっさりとした世界。それを知ってか演奏も純粋無垢な汚れのない屈託のないもの。超えるものを超えてしまった心境なんでしょうか。そしてフィナーレも同様。無邪気に遊びまわるような表情の連続。曲に仕込まれた気配までさらけ出してしまう凄い解釈と言わざるを得ません。参りました。
エルデーディ弦楽四重奏団によるエルデーディ四重奏曲集の後半3曲。ここまで素晴らしい演奏とは想像できませんでした。精緻な演奏ではありませんが、表現は他のどの演奏よりも本質を突く名演奏。まるで自宅が名ホールになってしまったような実体感溢れる録音によって、ハイドンの円熟の筆致による弦楽四重奏曲を堪能できる名盤です。自主制作盤のようなので大手には流通しておりませんが、上のウェブサイトで購入できるようですので、入手は難しくないでしょう。これはハイドンの弦楽四重奏好きな方は必聴のアルバムです。エルデーディ四重奏曲の真髄に触れられます。評価はもちろん全曲[+++++]です。
エルデーディ弦楽四重奏団(Erdödy String Quartet)によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.76のNo.4「日の出」、No.5「ラルゴ」、No.6の3曲を収めたアルバム。収録は2004年2月25日から27日にかけて、山梨県牧丘町文化ホールでのセッション録音。レーベルはこのクァルテットの自主制作。
このアルバムは先日新宿のdisc unionで見かけて手に入れたもの。さりげないアルバムの造りから日本人奏者のものとは気づかずに手に入れましたが、帰って開封してはじめてそれと気づいたもの。ブログを書くために調べたところ、amazonなどネットショップには流れていないもののようです。クァルテットのウェブサイトを紹介しておきましょう。
エルデーディ弦楽四重奏団
エルデーディとはハイドンファンの方なら先刻ご承知のとおり、ハイドンに弦楽四重奏曲Op.76の作曲を依頼したエルデーディ伯爵のこと。このアルバム、エルデーディ伯爵の注文で作曲した曲を、エルデーディ弦楽四重奏団が演奏したという、クァルテットのオリジンのようなアルバムということです。このアルバムにはエルデーディ四重奏曲の後半3曲が収められていますが、もう1枚、前半3曲を収めたアルバムがあり、そちらも今回入手済みです。
エルデーディ弦楽四重奏団は1989年、藝大出身者によって結成されたクァルテット。メンバーを見ると、奇遇にも先日浜松市楽器博物館のリリースするアルバムでヴァイオリンを弾いていた桐山建志さんがヴィオラを弾いています。
第1ヴァイオリン:蒲生克郷(Katsusato Gamo)
第2ヴァイオリン:花崎淳生(Atsumi Hanazaki)
ヴィオラ:桐山建志(Takeshi Kiriyama)
チェロ:花崎薫(Kaoru Hnazaki)
設立後すぐの1990年から1992年、ロンドンでアマデウス弦楽四重奏団のメンバーによるサマーコースに参加しているとのこと。以後、国内を中心に活躍しています。弦楽四重奏好きな方ならご存知かもしれませんね。
このアルバムを取り上げたのは、もちろん演奏が素晴らしいということからですが、もう一つ奇遇が重なっています。このアルバムの録音会場となっている山梨県牧丘町の牧丘町文化ホールは、武田信玄の墓所がある恵林寺のすぐそば。実はこの春以降このあたりの恵林寺、放光寺、はやぶさ温泉、道の駅牧丘、近くのワイナリーなどには3度ほど訪れており、このアルバムの録音会場がすぐそばにあったことを知り、ちょっとびっくりした次第。なんとなく偶然にもご縁があったということでしょう。
アルバムをCDプレイヤーにかけた瞬間、瑞々しい響きが溢れてくる一聴して素晴らしい演奏。いやいや、これは名演ですよ。
Hob.III:78 String Quartet Op.76 No.4 "Sonnenaufgang" 「日の出」 [B flat] (1797)
日の出のゆったりとした柔らかい導入部。最初の研ぎ澄まされた一音にこのクァルテットのセンスが現れているよう。録音は実に自然で、鋭すぎず、弦楽器の実体感と自然な響きがうまく録られています。眼前でクァルテットが演奏しているような名録音。演奏も自然体でオーソドックスなものですが、落ち着いているのにスリリングで、各楽器の音色が微妙に異なるのがかえって心地よい印象を与えます。各パートが実にしなやかに歌い、アンサンブルの精度もなかなかのもの。ハイドンの音楽を自然体であらわした清々しい演奏。4人の音楽の重なりがいぶし銀のような味わい深さを醸し出します。1楽章から、ぐっと引き込まれます。
続くアダージョは素朴な響きの魅力で聴かせます。自然な呼吸が聞き手とシンクロ。まさに癒しの音楽。作為なく純粋に音楽を奏でているだけで、ハイドンの音楽の魅力が溢れ出してきます。素朴な表情と枯れた心境が交錯する魅力。無欲の音楽。絶品です。
メヌエットもそよ風のように入ります。この絶妙な入りのセンス、これまた絶品。音楽とはテクニックばかりではなく、こうした冴えた感覚が重要ですね。一貫して自然さを失わないこの感覚。音楽はしなやかに流れ続け、曲が進みます。さらりとレガートをかけ、さらりとリズムを取り戻す微妙な変化の連続に聞き手の感覚が研ぎ澄まされます。
フィナーレはしなやかで時に重厚。精度が高いというわけではないのですが響きは複雑で深く、音楽は実に豊か。最後は軽やかさも垣間見せて終了。見事。
Hob.III:79 String Quartet Op.76 No.5 [D] (1797)
1曲目から引き込まれっぱなしですが、続くこの曲でも緊張感とスタイルは保たれ、実に複雑な響きが繰り出されていきます。よく聴くとチェロの安定感がこのクァルテットの魅力の一つとなっているよう。パートごとに音色が微妙に異なるものの、音楽は一貫しているので、この複雑な響きを織り成していることがわかります。研ぎ澄まされた精度の高い演奏もいいものですが、このエルデーディ弦楽四重奏団のざっくりとした響きもいいものです。ハイドンの弦楽四重奏曲の素朴な魅力を表現し尽くしているよう。リズムに推進力があり、それが音楽をイキイキとさせています。
題名楽章のラルゴは、曲の美しさを知り尽くしたもののみが取りうるアプローチ。さらりとしながらも適度にしなやか。そして自然な呼吸によって浮かびあがる感興。静けさすら感じる終盤。これまた絶品。
そしてこの曲でもこれ以上しなやかには入れないほどのメヌエットの入り。このあたりの感覚の冴えは驚くほど。その後の自然な音楽の流れも素晴らしいのですが、曲の入りにハッとさせられるのもいいですね。あまりの自然さに驚きを覚えるとはこのことでしょう。
演奏によってはエキセントリックにも聴こえるフィナーレですが、もちろん非常にまとまりのよい入り。適度に躍動するリズムの心地よさが聴きどころでしょう。この曲でも音楽の深さを思い知らされます。
Hob.III:80 String Quartet Op.76 No.6 [E flat] (1797)
最後の曲も出だしの分厚いアンサンブルから惹きつけられます。音色に関する冴えた感覚はここでも健在。すぐにヴァイオリンの自在な掛け合いにハッとさせられます。円熟の極致のような技が次々と繰り出され、ハイドン晩年の機知の連続に酔いしれます。曲の魅力を知り尽くしているからこそできる表現と納得させられます。抑えた表情にも音楽の神様が宿っているよう。自在な表現はこのアルバムの総決算にふさわしい完成度。終盤のフーガのような深遠な音楽はハイドンの創意を踏まえて遊びまわるような自在さに至ります。
2楽章は1楽章で昇りつめたかと思った表現にさらに磨きがかかり、孤高の領域。神々しいまでの気高さ。この曲の到達した高みは、登ってみなければわからないほど。山頂で澄み切った黒にちかい紺色の天空を眺めるよう。凄みすら感じるそぎ落とされた音楽。絶句。
いつも不思議に感じるこの曲のメヌエット。昇りつめた向こう側は、極度にあっさりとした世界。それを知ってか演奏も純粋無垢な汚れのない屈託のないもの。超えるものを超えてしまった心境なんでしょうか。そしてフィナーレも同様。無邪気に遊びまわるような表情の連続。曲に仕込まれた気配までさらけ出してしまう凄い解釈と言わざるを得ません。参りました。
エルデーディ弦楽四重奏団によるエルデーディ四重奏曲集の後半3曲。ここまで素晴らしい演奏とは想像できませんでした。精緻な演奏ではありませんが、表現は他のどの演奏よりも本質を突く名演奏。まるで自宅が名ホールになってしまったような実体感溢れる録音によって、ハイドンの円熟の筆致による弦楽四重奏曲を堪能できる名盤です。自主制作盤のようなので大手には流通しておりませんが、上のウェブサイトで購入できるようですので、入手は難しくないでしょう。これはハイドンの弦楽四重奏好きな方は必聴のアルバムです。エルデーディ四重奏曲の真髄に触れられます。評価はもちろん全曲[+++++]です。
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