作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

【新着】野々下由香里/桐山建志/小倉貴久子の歌曲集(ハイドン)

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今日は最近仕入れた珍しいアルバム。

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TOWER RECORDS / amazon / HMV ONLINEicon

浜松市楽器博物館コレクションシリーズ52「スクエアピアノとイギリス家庭音楽の愉しみ」と題されたアルバム。収録曲目はハイドンの歌曲3曲、クラヴィーアソナタ1曲、他にクレメンティ、ヨハン・クリスチャン・バッハのクラヴィーアソナタ、モーツァルトの歌曲、キラキラ星変奏曲などを収めたアルバム。収録は2013年1月2日から4日、アクトシティ浜松音楽工房ホールでのセッション録音。浜松市楽器博物館オリジナルプロダクション。

もちろんハイドンの曲目当てということで手に入れたアルバムです。まずはこのアルバムをリリースしている浜松市楽器博物館について調べてみます。

浜松市楽器博物館

浜松といえヤマハ、カワイ、ローランドなど音楽に関係する企業の本社があるため、浜松市も「音楽のまち」として音楽で町おこしをしています。浜松駅前のアクトシティには立派なコンサートホールが2つもあり、また、この楽器博物館もそうした音楽振興の一環でつくられたものでしょう。浜松駅の北口からすこしのところに博物館があるそうで今年で20周年とのこと。今日取り上げるアルバムジャケットの右上にも楽器博物館20周年と誇らしげに記されています。ウェブサイトを見てみると収集している楽器はヨーロッパのみならずアジアやオセアニア、もちろん日本のものもあり、雅楽器から現代の洋楽器、電子楽器までと幅広いコレクション。そしてお気づきだと思いますが、今日取り上げるアルバムは浜松市楽器博物館コレクションシリーズのなんと52巻目ということで、楽器収集のみならず、こうしたプロダクションにもかなり力を入れていることがわかります。

このアルバムは楽器博物館の所蔵品である1805年クレメンティ社によって発売されたトーマス・ラウド(Thomas Loud)制作のスクエアピアノを演奏したもの。1806年といえばまだハイドンが存命、と言っても最晩年ですが、同じ時代のもの。スクエアピアノは現代のグランドピアノのような大型のものと異りリーズナブルな価格やコンパクトな形状からこの頃以降、イギリスの中産階級の家庭で大流行したとのことで、このピアノで歌曲などを楽しむというのは誠に理にかなったもの。所有する楽器の楽しみ方を心得たプロダクションですね。ライナーノーツには楽器の詳細な解説、演奏者の情報、曲目解説、歌詞まできちんと載せられ、しっかりとしたプロダクションであることがわかります。

演奏者について触れておきましょう。
スクエアピアノは小倉貴久子さん。コンサートや録音でご存知の方も多いでしょう。芸大、アムステルダム音楽院を卒業後、1993年ブルージュ国際古楽コンクールのアンサンブル部門、1995年同フォルテピアノ部門で1位となり、以後国際的に活躍しています。
ヴァイオリンの桐山建志さんは、芸大、フランクフルト音楽大学を卒業後、1998年同じくブルージュ国際古楽コンクールソロ部門で1位となった人。
そしてソプラノの野々下由香里さんは、芸大、パリのエコール・ノルマル音楽院を卒業、バッハ・コレギウム・ジャパンのソプラノソリストとして多くのアルバムの録音に参加しているのでご存知の方も多いでしょう。

Hob.XXXIa:112bis - JHW XXXII/3 No.262 "Green sleeves" (Robert Burns)
古楽器のヴァイオリン特有の鋭い音色と、フォルテピアノのような音色のスクエアピアノによる伴奏から入ります。ハイドンの編曲によるスコットランド歌曲集では本来チェロが入るのでしょうが、このアルバムではヴァイオリンが加わるのみ。ヴァイオリンの桐山建志さんは非常に存在感のある音色。メロディはシンプルなのにぐっと沁みるヴァイオリン。よく聴くとスクエアピアノはフォルテピアノと比べて特に低音部の迫力は抑え気味、楽器の大きさからでしょうか、優しい音色ですね。ただ驚くのは音色のピュアさ。よほど調律が追い込まれているのでしょう、響きに濁りがなく、高音から低音まで、実に気持ちよく響きます。録音はこうした楽器に焦点を合わせたプロダクションとしてはちょっと異例で、ホールでゆったり音楽を楽しむような残響が比較的多めの録音。もう少しスクエアピアノの音色をオンマイクで拾っても良いかもしれませんが、ゆったりと音楽を楽しむには絶好のもの。
ここまで歌に触れずにきましたが、このアルバムの聴きどころは野々下由香里さんの歌でしょう。出だしから素晴らしい歌唱。日本人の歌唱だと言われなければ気づかないほど自然な英語で、しかも古楽器に合う透明感のある声。私は野々下さんは初めて聴く人、と思ってバッハ・コレギウム・ジャパンの手元のアルバムを何枚か見てみたら、野々下さんの参加しているアルバムがありました。ということで、私は野々下さんは「意識して」聴くのは初めて、ということになります(笑)
このグリーン・スリーブスはおなじみのヴォーン・ウィリアムスのメロディーのものとは違う曲ですが、スコットランド歌曲集の特徴である郷愁を感じさせる独特な雰囲気を持っています。小倉貴久子さんのスクエアピアノは実に端正。最初はちょと踏み込み不足に聴こえなくもありませんが、聴きなおすと、清々しさを感じさせるような心地良さがあり、リズム感も抜群、そして音の粒が揃って、理想的な演奏。完璧な自然さとでも言ったらいいでしょうか。1曲目から素晴らしい演奏に酔います。

Hob.XXVIa:25 6 Original Canzonettas 1 No.1 "The Mermaid's Song" 「人魚の歌」 [C] (1794)
おなじみの曲。この曲の伴奏はスクエアピアノのみ。小倉貴久子さんの華麗な伴奏に乗って野々下さんも気持ち良さそうに歌います。スクエアピアノの音階が宝石のように光り輝き、美しく躍動します。この曲の伴奏の中ではピカイチ。前曲同様、非常に楽器の響きが澄んでいますね。3分少々の曲ですが既にうっとり。

Hob.XVI:41 Piano Sonata No.55 [B] (c.1783)
2曲の歌曲の後に2楽章のピアノソナタが入りますが、このあたりでスクエアピアノの音色を純粋に楽しめということでしょう。ここでも小倉貴久子さんのタッチは冴え渡って、まるで自分が所有する楽器のように馴染んでます。非常に演奏しやすそう。先日生で聴いたクラヴィコードもそうでしたが、家庭などの少人数で楽しむには必要十分というより、むしろ、この身近さがよりふさわしいと言ったほうがよいのでしょう、ほどほどのダイナミクスに透明な響き、楽器のそばで演奏を楽しむという意味ではピアノやフォルテピアノよりもふさわしいと思わせる説得力がある音色。それにしてもコピーではなく実際に1806年に製造された楽器ということで、この楽器のコンディションは驚異的。高音から低音までの音の素晴らしい音のバランス。ビリつきは皆無。実に澄んだ音色と三拍子そろっています。そして小倉さんの素晴らしい演奏で、楽器も喜んでいることでしょう。まさに自宅でハイドンのソナタを楽しむ境地。絶品。

この後、クレメンティ、クリスチャン・バッハ、モーツァルトの曲が挟まりますが、中でもクリスチャン・バッハのクラヴィーアソナタ(Op.5-3)のスクエアピアノから繰り出される色彩感豊かな響きと、モーツァルトのおなじみのキラキラ星変奏曲の純粋無垢な音色は秀逸。スクエアピアノのニュアンス豊かな響きに引き込まれます。

Hob.XXXIa:218 - JHW XXXII/5 No.388 "Auld lang syne" (Robert Burns)
アルバムの最後に置かれたスコットランド歌曲集から蛍の光。ヴァイオリンとスクエアピアノに乗って野々下さんの歌う、スコットランド風の蛍の光。いやいや、スコットランドの草原に立って風を浴びているような心境になりますね。名手3人が繰り出す自然な音楽の浸透力の素晴しさに打たれます。音楽の力とはすごいものですね。日本では卒業式の合唱か閉店のBGMのメロディでしょうが、こうしてソプラノとヴァイオリン、スクエアピアノでハイドンの手による伴奏で聴く蛍の光の深さはまったく異なる力をもっていることがわかります。いやいや、いいアルバムです。

まことに失礼ながら、浜松市楽器博物館コレクションシリーズというプロダクションから想像される出来とは異なり、まことに素晴らしいプロダクションでした。貴重なコレクションであろうこのスクエアピアノの素晴らしさを完璧に伝える好企画。しかも演奏者、選曲、楽器のコンディション、調律、録音、すべてお見事。公共の仕事でここまでレベルの高い仕事はそうあるものではありませんね。評価は全曲[+++++]です。これはこのシリーズの他のハイドンの録音、聴かなくてはなりません。

期待を込めてあえて一つだけ課題をあげればジャケットでしょうか。タイトルもスクエアピアノの写真をメインとしたデザインも悪いわでではありませんが、このアルバムの中身の素晴しさ、演奏者の素晴しさを伝え切れていない感じも残ります。このプロダクションにデザインの力が加われば世界で勝負できると思います。今後に期待です。

そして、この楽器博物館、一度訪れてみなくてはなりませんね。このアルバムから伝わる制作者の心意気、しっかり受け止めました。当ブログの読者のハイドン好きな皆さん、このアルバムは買いです。ハイドンの時代の空気を吸ったような気持ちになります。

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