作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

カンブルラン/読響のリーム、ブルックナー(サントリーホール)

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相変わらず忙しい日が続いておりますが、本日は以前からとってあったチケットを持ってコンサートに出かけました。

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読売日本交響楽団:第547回定期演奏会

シルヴァン・カンブルラン(Sylvain Cambreling)指揮の読売日本交響楽団の演奏で、プログラムはリームの「厳粛な歌」−歌曲付き、とブルックナーの交響曲7番の2曲。実は数日前の同じくカンブルランと読響のコンサートプログラムにはハイドンの驚愕が入っていたんですが、物の見事に見逃していました。

ここ数日東京は真冬のように寒く、この日はあいにくの雨。いつもはコンサートの開演前に外でのんびりお茶でも飲んでから入るのですが、仕事もいろいろあってサントリーホールに着いたのは開演15分前。嫁さんが先に到着していて、すでにサンドウィッチとワインを注文済みでした。

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ワインをちょいといただいて落ち着いたところで、席へ。

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この日はお気に入りのRA席の最前列。同じRAでも最前列だとよりオケに近く響きもダイレクトさが増しますね。着席時にはオケのメンバー数人がステージ上で慣らし運転(笑)してました。私が行く読響のコンサートは満席に近い事が多いのですが、この日は8割ほどの入りでしょうか。けっこう空席が目立ちました。

1曲目のリームの「厳粛な歌」−歌曲付きは日本初演ということです。日頃ハイドンばかり聴いてはいても、現代音楽はわりと好きで、ベルクあたりからリゲティ、メシアン、デュティユー、ブーレーズくらいまで手元にもいろいろなアルバムがあり、たまに聴いていますが、リームはアバドがウィーンフィルを振った演奏会のライヴである「ウィーン・モデルン」というアルバムに収録されている「出発」という曲以外聴いたことがありません。ただこのアバドのアルバムに収められた「出発」という曲は空間に打楽器とコーラスが響きわたる素晴らしいもの。アルバム自体も現代音楽の息吹に圧倒されるような素晴らしいものということで、実はこの日のコンサートはブルックナーではなく1曲目のリーム目当てでとったもの。

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Wien Modern

リームは1952年、ドイツ・カールスルーエに生まれた作曲家。Wikipediaで調べてみると上記のアバドのコンサート後、アバドつながりでベルリンフィルのコンポーザー・イン・レジデンスとなったとのこと。リームはほぼ即興的に曲を書くため多作で編成の大きな曲が多いこと、ドイツ文学への造詣が深く、ドイツ語の歌詞を伴う曲が多いため、ドイツ語圏では圧倒的な評価を得ているそうですが、非ドイツ語圏との評価にギャップがあるとのこと。プログラムの広瀬大介さんの解説によると録音も十分に揃っていず、まだまだ作品研究は緒(いとぐち)に就いたばかりとのこと。

この曲はウォルフガング・サバリッシュの委嘱により作曲され、ブラームスの没後100年の1997年に初演され(作曲は前年)、ブラームスの後期ピアノ作品、歌曲を研究した末誕生した作品とのこと。ヴァイオリン、フルート、オーボエ、トランペットなどの高音楽器が奏でる叙情性を排した断片的なメロディーが特徴とのこと。終盤ゲオルク・ビューヒナーの最晩年のテキストによる歌が入りります。



開演時刻になり、1曲目のリームの曲にあわせた中規模なオケの配置にメンバーが揃うとカンブルランとバリトンの小森輝彦さんが入場。リームはウィーン・モデルンで聴かれたパーカッションの活躍のようなキレ主体ではなく、静寂と微妙な響きの変化、意外性を狙ったような旋律の変化と楽器間の掛け合いなどが主体の曲。20分弱ぐらいの曲でしょうか。カンブルランはいつもどおり、体全体でかなり大きなアクションで各パートに指示を出しながら全体をコントロール。流石に現代音楽を得意としているだけあって、表現は見事でしたが、曲のせいでしょうか、あまり緻密な印象を受けませんでした。これはウィーン・モデルンに収録された「出発」と比べての印象かもしれませんね。終盤登場するバリトンの小森輝彦さんは声量、声の張り、現代音楽らしい峻厳さもあわせもって素晴らしい歌唱でした。リームの作品の国内初演ということで、観客も盛んにブラヴォー連発。なかなかいい演奏でした。

休憩を挟んでブルックナー。休憩中にステージいっぱいに席がひろげられ、大オーケストラに変わります。読響でブルックナーといえば、もちろんスクロヴァチェフスキ。このところ来日の度にスクロヴァチェフスキのブルックナーを聴き、昨年も0番を聴きに行きましたがそのたびにスクロヴァチェフスキの構築する巨大なブルックナー伽藍に圧倒されるのですが、今日はフランス人シェフのカンブルラン。こちらは、どうなるかという興味本意で聴きにきたといいうところ。

カンブルランのブルックナーは弦楽器を一貫して滑らかに磨き込み、一貫して力感重視、そして強音部のダイナミクス重視というところ。1楽章はよく磨き込まれた金属細工のように流麗かつ全音符に艶がのったような造り。おそらく休符で音楽をくぎるところが流麗なつながりを重視するがためにちょっと平板な印象を与えてしまっている印象。ブルックナーの音楽の骨格のようなものよりも表面の響きの美しさを重視しているという印象でした。オケは金管陣がちょっと不揃いなところが散見されましたが、徐々に調子もあがって、1楽章の最後はホールを揺るがすような大音響で観客を圧倒しました。
アダージョはフレーズの息の長さよりも起伏を重視した設計。フレーズ単位で磨き込むカンブルランの作法が徹底していて、深遠さよりも音色の変化、表情の変化を際立たせようとしているよう。
よかったのが続くスケルツォ。ブルックナーの楽章のなかでカンブルランの作法に一番マッチしていたようです。逆にフィナーレはブルックナーの意図した混濁と秩序の行き来の妙のようなものがちょっと平板に力づくでむすびつけられているようでちょっと落ち着きませんでした。クライマックスへもあっという間に到達して、じっくり頂点に向かうような荘厳な印象というよりは、響きの起伏という感じで、4楽章の素晴らしい構築感が弱かったという印象。それでもフルオーケストラの大音響は素晴らしく最後はブラヴォーの嵐が降り注いでいました。

やはり今日のブルックナーは心のなかではスクロヴァチェフスキの演奏と比べて聴いてしまっていたというのが正直なところ。あの陶酔感、あの静寂、そしてうなるようなメロディーをくっきりと浮かび上がらせるスクロヴァ爺の神業の刷り込みが深く刻まれているということでしょう。観客の反応は非常によかったので、私の個人的な感想ということでご理解いただきたいと思います。



さてさて、コンサートも終わって外に出るとまだ冷たい雨が降っていました。いつも寄るサントリーホールの周りのレストランは貸切や満席ということで、珍しくコンサート後にラーメンです(笑)

食べログ:博多豚骨たかくら赤坂店

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瓶ビール!(笑)

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こちらがあっさり豚骨一番釜スープ。麺は固め。

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こちらが濃厚豚骨二番釜スープ。なんとなく勢いで「かえだま」いっちゃいました(笑) 2人で1玉ですが。隣の若い女性2人組は1人1玉注文してました!

寒かったのでラーメンで温まってちょうどよかったです。激辛高菜をちょっとまぜるとスープにさらにコクが加わりよかったです。博多ラーメンは久しぶりでしたが、ここは美味いです。おすすめですね。

さてさて、またレビューにもどりませんと、、、

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