キャロル・セラシのクラヴィコードによるXVI:20(ハイドン)
久しぶりクラヴィコードの深淵な響きを求めて手に入れたアルバムを聴きます。

TOWER RECORDS
キャロル・セラシ(Carole Cerasi)のクラヴィコードによるC.P.E.バッハの小品4曲、ヨハン・ゴットフリート・ミューテルのアリオーソと12の変奏曲、モーツァルトのアダージョ(K.540)そしてハイドンのクラヴィーアソナタ(Hob.XVI:20)の7曲を収めたアルバム。収録はロンドン近郊のサリー(Surrey)にあるハッチランズ・パーク(Hatchlands Park)でのセッション録音。レーベルは英METRONOME。
キャロル・セラシのクラヴィコードによるハイドンはソナタ集を以前に取り上げています。奏者の情報は下の記事をご参照ください。
2013/03/02 : ハイドン–ピアノソナタ : キャロル・セラシのフォルテピアノ/クラヴィコードによるソナタ集
前のアルバムが2009年の録音であり、ハイドンばかりを集めたアルバムだったのに対し、その4年後の2013年にハイドンやモーツァルト、C.P.E.バッハなどハイドンと同時代の4人の作曲家の作品を集めて録音されたこのアルバム、タイトルには"Treasures of the Empfindsamkeit”との表記があり、いろいろ調べてみると「多感様式の重要作品」とでも訳すのでしょうか。Empfindsamkeitは文学や哲学におけるシュトルム・ウント・ドラング期の生まれる前の構図としての啓蒙主義の対極にあった心情主義、感傷主義のことを指すらしいのですが、音楽においてはC.P.E.バッハに代表される多感様式のことをのようです。そもそもその辺りを専門とするわけではないので本当のところはわかりませんが、このアルバムに収録された曲を聴く限り、それまでのバロック期からくらべると心情の赴くままに自在に作られた音楽の時代を感じるわけで、なにやらタイトルに合点がいくわけです。
ハイドンの前の時代の音楽も、ハイドンを聴いているわりにはちゃんと聴いてはいないのでC.P.E.バッハの音楽は新鮮で、同じバッハと名のつく作曲家としてはかなり斬新な曲調。クラヴィコードという響きの髄を聴くような楽器で奏でられているからかもしれませんが、繊細な響きの変化に耳を奪われます。そしてミューテルの変奏曲も展開の面白さに引き込まれます。そしておなじみのモーツァルトのロ短調のアダージョは、フォルテピアノやハープシコードで弾かれるよりも、音楽がダイナミックに聞こえます。もちろん実際の音量はずっと小さいわけですが、耳を澄まして聴く響きのエッセンスや響きの変化がそう感じさせるわけです。最初に聴いた印象よりも、何度か聴くうちにクラヴィコード独特の世界に慣れて、実に深い音楽に聴こえます。さて、肝心のハイドン。このXVI:20はピアノソナタの中でも独特の美しさをもつ2楽章のアンダンテが好きでよく聴く曲ですが、ハイドンの数多の曲からこの曲が選ばれたということは、やはりこの2楽章の響きの変化の面白さからだと想像してます。このアルバムのコンセプトにピタリとはまる選曲と言わざるを得ません。楽器は1784年製のクリスチャン・ゴットヘルフ・ホフマン(Christian Gotthelf Hoffmann)。
Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
1楽章の始まりから、クラヴィコードの繊細な響きの面白さにうっとり。ヴォリュームを上げて聴くと眼前にクラヴィコードの響きが浮かぶよう。クラヴィコードの録音はあまりの音量の低さに暗騒音のようなものが付きまとうことが多いのですが、このアルバムの録音は森の中の一軒家のような場所だけに、静寂のなかにクラヴィコードの美しい響きがしっかりと録られて、録音も見事。強音はしっかりアクセントがつけられて迫力もあります。音が歪むことなく、クラヴィコードの美しい響きが保たれます。音域ごとに変化する音色。そして強弱による音色の変化。キータッチが直に音になる面白さ。そしてキャロル・セラシの確信に満ちた音楽。これまで聴いたなかではデレク・アドラム盤のクラヴィコードが最も印象に残っていますが、このアルバムの演奏はそれに勝るとも劣らないもの。か弱さがないのがポイントでしょうか。
聴きどころの2楽章の美しさはピアノで聴くのと全く異なるもの。ピアノではきらめくようなメロディーの美しさに耳がとらわれますが、クラヴィコードでは逆に仄暗い繊細な響きの変化にスポットライトが当たります。特に左手の伴奏の面白さに初めて気付きました。あえてクラヴィコードでこの曲を演奏する理由がなんとなく飲み込めました。中盤から終盤の盛り上がるところの迫力もまったく問題ありません。むしろ強音でほんの少し音程が下がるところが逆に迫力を増して聴こえるほど。
フィナーレに入るとタッチのキレが際立ち、クラヴィコードという楽器のハンデを全く感じさせません。中低域の音のちょっと本つくようなコミカルな響きがかえって面白く、楽器全体が様々に共鳴するのを全身で受け止める感じ。
キャロル・セラシのクラヴィコードによる、ハイドンの名曲Hob.XVI:20。クラヴィコードという楽器の面白さを存分に生かした演奏。ピアノによるこの曲もいいですが、クラヴィコードの実に繊細、雅な響きも悪くありません。このアルバム、デレク・アドラム盤と並んで、クラヴィコードの面白さを知るには絶好のもの。選曲、録音、演奏とも揃った名盤です。特にクラヴィコードの響きを楽しむには録音の良さは必須条件ですね。評価は[+++++]を進呈です。クラヴィコードの面白さに開眼したい方、是非聴いてみてください!

キャロル・セラシ(Carole Cerasi)のクラヴィコードによるC.P.E.バッハの小品4曲、ヨハン・ゴットフリート・ミューテルのアリオーソと12の変奏曲、モーツァルトのアダージョ(K.540)そしてハイドンのクラヴィーアソナタ(Hob.XVI:20)の7曲を収めたアルバム。収録はロンドン近郊のサリー(Surrey)にあるハッチランズ・パーク(Hatchlands Park)でのセッション録音。レーベルは英METRONOME。
キャロル・セラシのクラヴィコードによるハイドンはソナタ集を以前に取り上げています。奏者の情報は下の記事をご参照ください。
2013/03/02 : ハイドン–ピアノソナタ : キャロル・セラシのフォルテピアノ/クラヴィコードによるソナタ集
前のアルバムが2009年の録音であり、ハイドンばかりを集めたアルバムだったのに対し、その4年後の2013年にハイドンやモーツァルト、C.P.E.バッハなどハイドンと同時代の4人の作曲家の作品を集めて録音されたこのアルバム、タイトルには"Treasures of the Empfindsamkeit”との表記があり、いろいろ調べてみると「多感様式の重要作品」とでも訳すのでしょうか。Empfindsamkeitは文学や哲学におけるシュトルム・ウント・ドラング期の生まれる前の構図としての啓蒙主義の対極にあった心情主義、感傷主義のことを指すらしいのですが、音楽においてはC.P.E.バッハに代表される多感様式のことをのようです。そもそもその辺りを専門とするわけではないので本当のところはわかりませんが、このアルバムに収録された曲を聴く限り、それまでのバロック期からくらべると心情の赴くままに自在に作られた音楽の時代を感じるわけで、なにやらタイトルに合点がいくわけです。
ハイドンの前の時代の音楽も、ハイドンを聴いているわりにはちゃんと聴いてはいないのでC.P.E.バッハの音楽は新鮮で、同じバッハと名のつく作曲家としてはかなり斬新な曲調。クラヴィコードという響きの髄を聴くような楽器で奏でられているからかもしれませんが、繊細な響きの変化に耳を奪われます。そしてミューテルの変奏曲も展開の面白さに引き込まれます。そしておなじみのモーツァルトのロ短調のアダージョは、フォルテピアノやハープシコードで弾かれるよりも、音楽がダイナミックに聞こえます。もちろん実際の音量はずっと小さいわけですが、耳を澄まして聴く響きのエッセンスや響きの変化がそう感じさせるわけです。最初に聴いた印象よりも、何度か聴くうちにクラヴィコード独特の世界に慣れて、実に深い音楽に聴こえます。さて、肝心のハイドン。このXVI:20はピアノソナタの中でも独特の美しさをもつ2楽章のアンダンテが好きでよく聴く曲ですが、ハイドンの数多の曲からこの曲が選ばれたということは、やはりこの2楽章の響きの変化の面白さからだと想像してます。このアルバムのコンセプトにピタリとはまる選曲と言わざるを得ません。楽器は1784年製のクリスチャン・ゴットヘルフ・ホフマン(Christian Gotthelf Hoffmann)。
Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
1楽章の始まりから、クラヴィコードの繊細な響きの面白さにうっとり。ヴォリュームを上げて聴くと眼前にクラヴィコードの響きが浮かぶよう。クラヴィコードの録音はあまりの音量の低さに暗騒音のようなものが付きまとうことが多いのですが、このアルバムの録音は森の中の一軒家のような場所だけに、静寂のなかにクラヴィコードの美しい響きがしっかりと録られて、録音も見事。強音はしっかりアクセントがつけられて迫力もあります。音が歪むことなく、クラヴィコードの美しい響きが保たれます。音域ごとに変化する音色。そして強弱による音色の変化。キータッチが直に音になる面白さ。そしてキャロル・セラシの確信に満ちた音楽。これまで聴いたなかではデレク・アドラム盤のクラヴィコードが最も印象に残っていますが、このアルバムの演奏はそれに勝るとも劣らないもの。か弱さがないのがポイントでしょうか。
聴きどころの2楽章の美しさはピアノで聴くのと全く異なるもの。ピアノではきらめくようなメロディーの美しさに耳がとらわれますが、クラヴィコードでは逆に仄暗い繊細な響きの変化にスポットライトが当たります。特に左手の伴奏の面白さに初めて気付きました。あえてクラヴィコードでこの曲を演奏する理由がなんとなく飲み込めました。中盤から終盤の盛り上がるところの迫力もまったく問題ありません。むしろ強音でほんの少し音程が下がるところが逆に迫力を増して聴こえるほど。
フィナーレに入るとタッチのキレが際立ち、クラヴィコードという楽器のハンデを全く感じさせません。中低域の音のちょっと本つくようなコミカルな響きがかえって面白く、楽器全体が様々に共鳴するのを全身で受け止める感じ。
キャロル・セラシのクラヴィコードによる、ハイドンの名曲Hob.XVI:20。クラヴィコードという楽器の面白さを存分に生かした演奏。ピアノによるこの曲もいいですが、クラヴィコードの実に繊細、雅な響きも悪くありません。このアルバム、デレク・アドラム盤と並んで、クラヴィコードの面白さを知るには絶好のもの。選曲、録音、演奏とも揃った名盤です。特にクラヴィコードの響きを楽しむには録音の良さは必須条件ですね。評価は[+++++]を進呈です。クラヴィコードの面白さに開眼したい方、是非聴いてみてください!
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