作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

アンタル・ドラティ/フィルハーモニア・フンガリカの84番(ハイドン)

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昨日は父の三回忌法要。時のながれるのは速いもので、父が亡くなってから8日で2年になります。亡くなった年は桜が咲くのが遅く、葬儀を行った11日には桜の花吹雪が印象的でした。今年は例年通りでしょうか、桜は既に先日の雨で散り気味でしたが、幸い天気にも恵まれ、無事法要を終えることができました。

さて、4月最初のレビューは、ドラティ盤。ハイドンの交響曲といえば、まずドラティでしょう。

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アンタル・ドラティ(Antal Doráti)指揮のフィルハーモニア・フンガリカ(Philharmonia Hungarica)の演奏で、ハイドンの交響曲84番から95番の12曲を収めた4枚組のアルバム。今日はその中から84番を取りあげます。収録は1971年とだけ記載されています。ネットで調べると収録場所はドイツのエッセン州デュイスブルグの北西にあるマルル(Marl)という街にある聖ボニファティウス教会(St. Bonifatius)でのセッション録音ということです。レーベルはLONDON。

実は、このアルバムを聴こうと思ったのは、前記事で紹介したVPIのレコードクリーナーで、ドラティのLP版交響曲全集の今度は第5巻をクリーニングしたついでに、LPでパリセットのあたりを聴き直し、好きな86番やその前後の曲を聴いていたところ、なかでも84番の彫りの深さにあらためて聴き入ってしまいした。すかさず同曲のCDと聴き比べてみると、やはりLPならではのキレと定位感、骨格の確かさが魅力的な一方、CDの方はデジタルらしい、カチッとしたダイナミクスで、このアルバムの響きは悪くありません。レビューはCDですることにしましたが、クリーニングしたLPから流れ出てくる彫りの深いドラティのサウンドは実にいいものですね。

さて、アンタル・ドラティによるハイドンは何回か取りあげているものの、当ブログの趣旨からすると、まだ取りあげ足りないのかもしれません。過去のドラティ関連記事はこんな感じです。

2013/07/02 : ハイドン–交響曲 : アンタル・ドラティの交響曲全集英LONDONのLP入手!
2011/03/09 : ハイドン–交響曲 : アンタル・ドラティの受難
2011/01/24 : ハイドン–交響曲 : アンタル・ドラティのマリア・テレジア
2010/12/31 : ハイドン–オラトリオ : アンタル・ドラティ/ロイヤル・フィルの「トビアの帰還」2
2010/12/30 : ハイドン–オラトリオ : アンタル・ドラティ/ロイヤル・フィルの「トビアの帰還」
2010/01/24 : ハイドンねた : 私はなぜハイドンにはまったのか?-3

今更ですが、これまで当ブログではドラティの略歴についてなど、紹介していませんでしたので、少し調べてみました。

ドラティは1906年、ハンガリーの首都ブダペストの生まれの指揮者、作曲家。誕生日は4月9日ともうすぐですね。父はブダペストフィルのヴァイオリン奏者、母はピアノ教師だったそうです。フランツ・リスト音楽院でコダーイらに作曲、バルトークにピアノを習い、1924年にハンガリー国立歌劇場で指揮者デビュー。1928年にはドレスデン歌劇場でフリッツ・ブッシュのアシスタント、1928年から33年までミュンスター歌劇場の首席指揮者、1934年にモンテカルロ・ロシアバレエ団の指揮者などを歴任。1937年にはアメリカに渡り、ワシントンナショナル交響楽団に客演してアメリカデビュー。ニューヨークのニュー・オペラ・カンパニーの音楽監督、1945年にダラス交響楽団常任指揮者、1949年にミネアポリス交響楽団とアメリカの著名オーケストラの指揮者を歴任。1963年にはイギリスBBC交響楽団の首席指揮者になった事を機にヨーロッパの楽壇に復帰。その後、ヨーロッパの主要な歌劇場に客演、オーケストラの方は、1966年からストックホルムフィルの音楽監督、1971年からワシントン・ナショナル交響楽団の音楽監督、1975年からロイヤル・フィルの首席指揮者、1978年からはデトロイト交響楽団の音楽監督となっています。このアルバムのオケであり、ハイドンの交響曲全集という偉業をなしとげたフィルハーモニア・フンガリカは1957年にハンガリー動乱後の亡命者を中心に西ドイツで結成され、ドラティは設立当初から深い関係があり、後に名誉終身指揮者となっています。1988年にスイスで亡くなっています。

深い独特の険しい風貌が印象的で、繰り出される音楽は風貌同様彫りの深いものでした。特にハイドンの交響曲は今でもその素晴しさは色あせることはありませんね。

Hob.I:84 / Symphony No.84 [E flat] (1786)
この曲独特の深みがあるの癒しに満ちた序奏。ドラティの指揮で聴くとそれに険しい彫りの深さが加わり、素晴しい緊張感。やはりハイドンの交響曲を知り尽くしたドラティならではの手堅い演奏ですが、そこここにアクセントが置かれ、曲に推進力とキリリと引き締まった迫力を与えています。聴き進めるうちにグイグイとオケが引き締まり、1楽章の推進力は抜群。録音はまさに黄金期のDECCAサウンド。素晴しい実体感にとろけるような響きが乗り、音量を上げると眼前にオケが定位する素晴しいもの。教会での録音とのことでしょうが、独特のマルチマイクで鮮明に各楽器が録られ、しかも自然な実体感があります。
アンダンテに入ると、適度なゆったり感でハイドン独特の美しいメロディーをむしろあっさりとこなしていきますが、テンポ設定が絶妙。実に自然で、音楽が活き活きと踊り、しかも練ることはなく爽やかな感じ。分厚い低音弦の波が押し寄せ、徐々に迫力を増して行くところはこの曲の聴き所のひとつでしょう。
アンダンテよりもテンションをすこし下げたメヌエットの入り。メロディーラインの美しさはやはりハイドンならではですが、ドラティはそのメロディーの奥に潜む癒しの気配のようなものを感じ取って、とりわけゆったりとオケを鳴らします。このゆったり感はなかなか出せませんね。
静寂感を受け継ぐようにフィナーレは羽毛のような軽さの入りですが、すぐにオケが全開になります。どこかに静寂感を帯びたような不思議な高揚感。メロディーラインをただ受け継ぐだけではなく気配のようなものをしっかり受け継いでいることがよくわかります。どこか憂いを含むハイドンらしいフィナーレですが、ドラティ独特の骨格のしっかりした展開と推進力に満ちたオケの響きが相俟って、ハイドンの素晴しい音楽が異次元の引き締まり。終盤、穏やかになる部分の絶妙の力の抜き加減に鳥肌が立つよう。最後は彫りの深いドラティサウンド全開で終わります。

ドラティのハイドンは定番だけに、しっかり聴いたのはずいぶん前。特にパリセット以降の曲は他の演奏のレビューに追われてなかなか聴き直す機会がありませんでした。あらためて聴き直してみると、やはり流石ドラティという入魂の演奏。演奏自体の説得力が違います。ハイドンの交響曲の険しさ、優しさ、楽しさを実に良く踏まえた演奏です。いままでこのあたりの曲は[++++]の評価としてきましたが、この評価はかなり昔のもの。いろいろな演奏の素晴らしさを聴き、耳が肥えた現在になってもドラティのハイドンの素晴らしさは変わらないどころか、その本質的な素晴らしさにあらためて気づいたというのが正直なところでしょう。特にこの84番は絶品。[+++++]につけ直しました。

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あんまり素晴らしいので、再びLPで聴き直して楽しんでます。CDとはまた違った深い響きに酔いしれます。

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