作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

【追悼】クラウディオ・アバド逝く

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今朝、いつものように通勤電車の社内でiPhoneの日経電子版を読んでいました。今月は文化面の「私の履歴書」が小澤征爾さん。時代の空気がつたわるような語り口が興味深く、毎日楽しみに読んでいました。それから、電子版で設定したいくつかのキーワードで収集した自動記事収集のページを見ていると、「C・アバド氏死去」との見出しをみつけ、ちょっと言葉にならない驚きと同時に、やはりかとの想いも。

2013/09/12 : コンサートレポート : アバド/ルツェルン祝祭管来日中止

昨年の秋、来日予定だったアバドとルツェルン祝祭管。これが聴き納めだろうとなんとなく思って、普段は滅多に手を出さない高額チケットを嫁さんと2枚で予約し、チケットを手に入れた直後、来日中止になってしまったくだりは上の記事のとおり。今回は未完成とブルックナーの9番というどちらも作曲家絶筆の作品という意味深なプログラムの予定でした。晩年はアバドらしい精緻を極めたくっきりとしたオーケストラコントロールに鬼気迫る迫力が宿った演奏を聴かせたアバドですが、その響きを生で体験しておきたかったですね。

アバドは、ハイドンを好きになる以前から好きな指揮者でした。

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アバドを最初に聴いたのは、予備校生の頃、なんとプロコフィエフの「アレクサンドル・ネフスキー」のLP。長岡鉄男激賞の超鮮明録音として有名になったDGのアルバムです。殺気を感じるような静寂と床が吹き飛ぶようなグランカッサの重低音の迫力にビックリ。当時は父親のステレオを借りて、TANNOYのバークレーという38cmウーハーのスピーカーをブルブル言わせて聴いたものです。それまで親しんでいたFM放送でエアチェックしたゲンナジー・ロジェストヴェンスキーのロシア的ヴァナキュラーな演奏とは異次元の現代美術のような峻厳な構成。まったく異なる解釈にプロコフィエフの真価を知った次第。これでアバドの印象が決定的になりました。

その後、1983年のロンドン交響楽団の来日公演時に東京文化会館でラヴェルのラヴァルスとマーラーの5番を聴いています。このとき私は大学生。LPで聴いていたアバドのイメージと、ちょっとギクシャクした指揮振りがあまりにイメージが異なったのに当惑したのを覚えています。しかし音楽のシャープさはイメージ通り。

そして、その後ロンドン交響楽団とのストラヴィンスキーやフランスもの、そしてグルダと組んだウィーンフィルのモーツァルトの協奏曲などをLPで買い集めました。

なかでも、印象に残っているのは、ロンドン響とのモーツァルトのジュピターと40番のLP。それこそ擦り切れるほど聴いた愛聴盤。私のジュピターの刷り込みはアバド盤です。それまでの演奏史の垢と指揮者の情感を取り去って、オブジェとして再構成した音楽に、最後にイタリア風の晴朗な艶を加えたようなアバドの演出によって、透明感溢れる白亜のアポロン的神殿が浮かび上がる素晴しい演奏でした。終楽章のフーガの建築的美しさは今でもアバド盤を超えるものはないと思ってます。

アバドの音楽の本質は、クライバーの燃え滾る炎の塊のような直接情感に訴える演奏ではなく、大脳皮質に冷静に訴えるような知的な刺激をともなう演奏であり、時に覚めた印象や、振り切れない印象をもつこともありましたが、他の人にはない知的興奮をもたらす素晴しい音楽でした。アバドのハイドンもしかり。火を吹くようなキレ味の奇跡も愛聴盤です。

2013/05/18 : ハイドン–交響曲 : クラウディオ・アバドの98番、軍隊
2010/02/11 : ハイドン–交響曲 : アバドの「奇跡」

今日は久しぶりに「アレクサンドル・ネフスキー」のLPを取り出し知的興奮を味わってます。フレーズごとにめくるめく切り替わる音楽にアドレナリン大噴出。LPを最初に聴いたときの興奮が蘇り、なつかしさが溢れます。

偉大な才能が逝き、歴史となりました。ご冥福をお祈りします。

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