作曲家ヨーゼフ・ハイドンの作品のCD、LP、映像などを収集しレビューしています。膨大なハイドンの作品から名盤、名演奏を紹介します。

ヴェーグ四重奏団のOp.20のNo.3(ハイドン)

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今日はヒストリカルなアルバム。前記事のエマーソン弦楽四重奏団の若い頃の溌剌とした演奏を聴いて、名手の若い頃の演奏ということで選んだアルバム。

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ヴェーグ四重奏団(Végh Quartett)の演奏によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.20のNo.3、コダーイの弦楽四重奏曲2番、チャイコフスキーの弦楽四重奏曲Op.11の3曲を収めたアルバム。ハイドンの収録は1956年5月18日バイエルン放送のスタジオ1でのセッション録音。レーベルは独ORFEO。

ヴェーグ四重奏団は、もちろんシャーンドル・ヴェーグ率いるクァルテット。ヴェーグが指揮したハイドンはこれまで2度取りあげていますが、演奏したものははじめてになります。

2010/11/27 : ハイドン–交響曲 : シャーンドル・ヴェーグの時計、102番ライヴ
2010/11/25 : ハイドン–交響曲 : シャーンドル・ヴェーグの太鼓連打、ロンドンライヴ

これらの演奏は1912年生まれで、1997年に亡くなったヴェーグの晩年のもの。それに対して今日取り上げる演奏はヴェーグ40代と脂の乗った時期のもの。

ヴェーグは1934年にハンガリー四重奏団に入り、バルトークの弦楽四重奏曲5番を初演ました。その後1940年にハンガリー四重奏団を離れ、自らヴェーグ四重奏団を結成。ヴェーグ四重奏団は1970年代半ばまで演奏活動を続けたとのことで、指揮をするようになるまでのヴェーグの活動の軸となりました。

ヴェーグ四重奏団の結成と時を同じくして、ヴェーグはブダペストのフランツ・リスト・アカデミーの教職についています。1952年にはカザルスと会い、彼の招きでスイスのツェルマットのサマークラスに参加し、それ以降毎年カザルスが主催していたプラド音楽祭に参加するようになります。以後、バーゼル音楽院、フライブルク音楽院、デュッセルドルフ音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院などで教鞭とるなど教育者でもありました。

ヴェーグが演奏家として最も充実していたであろう1950年代に演奏された、ハイドンの太陽四重奏曲のNo.3。やはり期待通りの若々しい覇気が漲っていました。

Hob.III:33 / String Quartet Op.20 No.3 [g] (1772)
録音はモノラルですが、放送ホールでのセッション録音ということでコンディションは言うことなし。それなりに鮮明な響き。ヴェーグらしいムチのしなるようなテンションの高いヴァイオリンに他の3人もピタリと合わせて、速めのテンポでサクサク進めます。ヴェーグらしく音楽が緩む事はなく、一貫して険しい表情をたもちます。この緊張感がなかなか素晴しい。
2楽章はメヌエット。さっぱりとしながらも憂いに覆われた旋律を淡々とこなしていきます。テンションは保ちながら、テンポを落とす場面も増えて、じっくりとした演奏に変わっていきます。聴いているうちにこの曲の世界に引き込まれていきます。4人のアンサンブルの織りなす微妙な重なり具合に耳が集中。
アダージョはハッとするような各楽器の美しい響きが代わる代わる登場して穏やかなメロディーを重ねていきます。弦楽器はアクセントは弱めで、持続音の美しさに表現の軸を置いているよう。曲がすすむにつれてじっくりと盛り上がってくるところのコントロールは見事。この楽章の自然な美しさが際立ちます。
予想通りフィナーレのキレとテクニックは流石。4台の楽器のそれぞれがきっちりフレーズを弾ませてからまりあうのでアンサンブルの軽さとキレが際立ちます。終盤にいくに従ってエネルギーも満ちてきて、引き締まった表情のまま、表現の起伏が大きくなりフィニッシュ。

この演奏、名手4人がきっちりと、緊密にアンサンブルを刻んでいきますが、さっぱりとタイトな雰囲気は、なんとなく1950年代という戦後すぐの時代の空気伝えるような印象があります。出だしはきっちりとした演奏と言う面が強かったのですが、曲が進むにつれて、表現も深まり、特に後半2楽章にはさっぱりしながらも濃密な音楽があり、香しさも加わります。やはり若さと、創意を感じる演奏でした。評価は[++++]とします。後年引き締まった非常にテンションの高い音楽を創っていくヴェーグのオリジンが垣間見える演奏でした。

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