パトリック・ホーキンスのスクエアピアノによるソナタ集(ハイドン)

10月に入り鍵盤物が続いておりますが、もう1枚。

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パトリック・ホーキンス(Patrick Hawkins)のスクエア・ピアノによる、マリア・ヘスター・レイノルズ・パーク(Maria Hester Reynolds Park)とハイドンのソナタなどを収めたアルバム。ハイドンの収録曲はピアノソナタ(Hob.XVI:51)、ピアノトリオ(Hob.XV:22)のアダージョ、カプリッチョ(Hob.XVII:1)「豚の去勢にゃ8人がかり」の3曲。収録は2014年6月23日から25日にかけて、米国サウスカロライナ州コロンビアにあるサウスカロライナ大学音楽学部のリサイタルホールでのセッション録音。レーベルは米Navona Records。

このアルバムには"Haydn and The English Lady"と思わせぶりなタイトルがついていいますが、併録されたソナタの作曲家、マリア・ヘスター・レイノルズ・パークがその英国婦人。解説の英文を紐解くと、マリア・パークは1760年生まれで若い頃はオックスフォードのオーケストラで鍵盤楽器奏者を務め、その後ロンドンに移って作曲したソナタなどを発表した人で、1813年に52歳で亡くなっています。ハイドンとどのような関係があったかと言うと、このアルバムに収録されているXVI:51のソナタは近年の研究で、このマリア・パークに贈られたと推定されているとのこと。ハイドンとの結びつきは、当時ハイドンが版画を収集していて、彼女の夫で優れた版画家であったトーマス・パークの手による著名な女優のドロテア・フィリップス(Dorothea Philips)の版画を購入し、作者であるトーマス・パークを紹介され、マリア・パークに出会ったとのこと。

このような経緯は明らかなものの、肝心のハイドンとマリア・パークがどのような関係であったかはわかりません。このアルバムで思い出したのが、ヌリア・リアルのアルバム。

2010/11/06 : ハイドン–オペラ : ヌリア・リアルのオペラ挿入アリア集

こちらは、ハイドンと若い歌手のルイジア・ポルツェリのために書いたアリアをテーマとしたアルバム。ハイドンの愛情がこもったアリアが並ぶ見事な企画。それに比べると、今日取り上げるアルバムの方はちょっと、企画が浅い感じが否めませんが、このアルバムタイトルに過剰な思い込みをした私の勇足と思うことにします(笑)

さて、ピアニストのパトリック・ホーキンスははじめて聴く人。ライナーノーツに簡単な紹介があるのみであまり詳しいことはわかりませんが、サウスカロライナ州コロンビアを拠点に活動する鍵盤楽器奏者で、ヨーロッパでも定期的に活動しているようです。この他にバッハの録音があるようですが、録音はそのくらいでしょうか。

演奏はスクエアピアノですが、ハイドンのソナタではジョアンナ・リーチ小倉貴久子トム・ベギンキャサリン・メイなどが録音を残しています。使用楽器は1831年製ウィリアム・ガイプ(William Geib)のスクエアピアノ。ライナーノーツに楽器の説明があまりないと思ってネットを調べていると、このアルバムの専用サイトをレーベルが用意していました。

HAYDN AND THE ENGLISH LADY - Home

アルバムに記載されている情報に加えて、楽器についてはかなり詳しい解説と細部の写真が掲載されていますので、興味のある方はご覧ください。



さて、肝心の演奏です。

ハイドンの前にマリア・パークの作品が4曲並びますが、意外にこれがなかなかいい。もちろん、ハイドンのソナタと比べるのは少々酷ですが、実にさっぱりとした愉しい曲想で、しかもスクエア・ピアノで弾くと、純粋にスクエアピアノの響きの美しさを楽しめる屈託のない音楽が心地よく流れます。スクエアピアノは、言われなければフォルテピアノと思ってしまうような音色で、フォルテピアノよりも少々響きが丸いと言うか厚いと言うか柔らかいと言うか、なんかそのような印象の響きです。ダイナミクスはフォルテピアノよりも少し狭いように聞こえますが、これが音楽をシンプルにわかりやすく聴かせる効果があるような気がします。

Hob.XVI:51 Piano Sonata No.61 [D] (probably 1794)
XVI:50とXVI:52と合わせてハイドンの作曲した最後の3つのソナタとして扱われることの多い曲ですが、2楽章構成と短く、録音も他2曲と比べてかなり少ない曲。展開はシンプルながら晩年の作らしくメロディーは閃きに満ちています。その曲を実に雅なスクエアピアノで演奏することで、そのひらめきが一層輝くよう。音域ごとに音色が結構異なるのでメロディーの面白さが際立ちます。ホーキンスのタッチはそのメロディー面白さを強調するようにメリハリをつけていきますが、やはり古典のハイドン、節度ある抑揚が実に心地よい演奏。作品の良さを際立たせようという穏やかな意図が感じられる自然な演奏。やはりハイドンにはこの自然さが必要です。入りのアンダンテから実に美しい響きに酔わされますが、続くプレストではハイドンの小気味よい展開の妙を存分に楽しむことができます。この曲、本格的なソナタではなく、美しい小品となったのは美しい版画のお礼として書かれたという経緯を知ると、この小気味よさこそがこの曲のポイントなんだとしっくりきますね。

Hob.XV:22 Piano Trio (Nr.36/op.71-2) [E flat] (before 1795)
続いてアダージョだけ取り出して鍵盤楽器だけで演奏されることも多いピアノトリオですが、解説によると元々このアダージョはハイドンがロンドン旅行などで長期間に渡ってエステルハージ家の楽長の座を留守にしたことのお詫びの印としてマリア・ヘルメネジルト王妃に贈られたもので、このアダージョが先に作曲され、後にピアノトリオのアダージョに転用されたものとのこと。こちらも鍵盤楽器で演奏されることが多い理由がわかりました。この曲の癒しに満ちた美しいメロディーもそうした背景を知って聴くと、ハイドンが音楽を愛する王妃に許しを乞う素敵な曲だとわかります。ホーキンスのは前曲同様、実に美しいタッチで、優しさに包まれた見事な演奏を披露。ハイドンが王妃にひざまづく様子が目に浮かびます。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「豚の去勢にゃ8人がかり」 [G] (1765)
「ハイドンと英国婦人」と言うタイトルのアルバムに、なぜこの曲が収められているのかいまいちよくわかりませんが(笑)、古楽器のソナタのアルバムにはよく入っている曲です。このオーストリア民謡を元にしたこのコミカルな曲には素朴な古楽器での演奏が似合うのでしょう。変奏ごとにニュアンスを巧みに変えてくるこの曲の面白さはスクエアピアノならでは。ことさら演出を強調しないホーキンスの演奏が、ここでも原曲の面白さを引き立てます。よく聴くと鍵盤の奥のフリクションのメカニックの音なども聞こえて、箱庭的面白さも加わります。現代ピアノでもこの曲の名演奏はありますが、このスクエアピアノでの演奏が、演奏する姿も含めて一番マッチしているんじゃないでしょうか。

アルバムタイトルからは、ハイドンの禁断の恋話がまだあるのかと過剰な期待を持って聴き始めたこのアルバムですが、聴いてみると実に微笑ましく、聴くと幸せな気持ちになるハイドンの魅力がたっぷりと詰まったアルバムでした。このアルバムから伝わるのは、素晴らしい芸術作品である版画を手に入れ、作家に自分の作品も贈るハイドンの誠実な心、王妃に長期の不在を詫びる素敵な曲を送る忠誠心、ちょっと下品な民謡も見事な作品にしてしまうユーモアなど、ハイドンの作品に一貫して存在するハイドンの心のあり方です。実に味わい深い名盤として多くの人に聴いていただきたいアルバムです。評価は[+++++]とします。



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【新着】ニコラ・スタヴィの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(ハイドン)

今月に入ってこの曲3枚目です(笑)

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ニコラ・スタヴィ(Nicolas Stavy)のピアノによるハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」と、アンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)の2曲を収めたSACD。収録は2006年1月、パリのサンマルセル寺院(Temple Saint Marcel)でのセッション録音。レーベルはスウェーデンのBIS。

このアルバムは最近手に入れたもの。実はニコラ・スタヴィのこの曲はMANDALAレーベルの演奏が手元にあって、その演奏から10年以上経っての再録音と思って注文したんですが、届いて中身を見てみると、MANDALAレーベルのリマスター盤ということで同じ演奏だったということ。まあ、元はCDでSACDになったので良いかと思って、気を取り直して聴いてみると、これが素晴らしい。MANDALA盤も鮮烈な印象はなかったものの、良い演奏だったという記憶があったので、こちらに手を出したわけですが、うっかり入れた注文が福をもたらしたという次第。

ちなみにハイドン愛好家の皆さんなら、ご存知の通り、BISレーベルはかつてKOCHレーベルに多数の名演の録音を残したマンフレート・フスのハイドン・シンフォニエッタ・ウィーンのディヴェルティメントやオペラの録音をBISレーベルでまとめてリリースしているんですね。KOCHレーベルの消滅に際して良い録音をしっかりと残すという素晴らしい働きをしたわけです。そして今回もMANDALAレーベルのアルバムはすでに廃盤となっていて、BISがそれを自らのレーベルに加えるという判断をしたこと自体が、この演奏の価値を物語っているということでしょう。

ピアニストのニコラ・スタヴィはフランスのピアニスト。パリ国立高等音楽院、ジュネーヴ音楽院で学び、2000年にショパンコンクールで特別賞の受賞を含む数多の国際コンクールで入賞し頭角を現した人。ブレンデルに師事し大きな影響を受けたとのこと。彼のサイトを見ると、録音は2002年以降で、このアルバムがおそらく2枚目の録音。直近はBISレーベルからアルバムをリリースしていますが、ティシチェンコ、ブリテン、コルンゴルド、フォーレなどが並び、レパートリーもかなりマニアックですね。

さて、これまでフォルテピアノとタンジェントピアノでの名演に続いて、ピアノでのこの曲の名演盤です!

Hob.XX:1C "Die sieben letzten Worte unseres Erlösers am Kreuze " 「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」 (1787)
旧MANDALA盤もいい音だったんですが、SACDになって空気感のようなものが加わり、ピアノ響きが美しいですね。教会堂での録音ですが、残響は適度で鮮明さは保ってます。
スタヴィの演奏はメロディーラインの起伏を自然さを保ちながらもしっかりと描いていくもの。語り口の巧さが光ります。フォルテピアノとは比較にならないダイナミクスを表現できるピアノらしく、タッチの強弱をしっかりとつけての演奏。序奏からソナタに入ると美しいメロディーが次々と現れますが、ピアノならではの透明感と磨かれた音に打たれ続けるがごとき至福のひと時が続きます。すべてのソナタの音楽の流れを把握して、自身の音楽としてじっくりと紡ぎ出していくような落ち着いた展開。曲全体を俯瞰してしっかりと大きな流れを作っていく手腕は見事なもの。まさにこの曲の美しさに没入できます。なお素晴らしいのが弱音のコントロール。第3ソナタなど抑えた表現が絶美。緩徐楽章ばかりのこの曲にしっかりと構成感をもたらすのは静寂感がポイント。そして、第5ソナタのメロディーと伴奏の描き分け、第6ソナタの峻厳な強弱のコントラストなど聴きどころ多数。第6ソナタから第7ソナタにかけての展開の息を飲むような美しさ。7つのソナタが大河のように蕩々と流れていきます。
最後の地震はピアノらしくダイナミックなもの。ソナタの癒しをたちきり天地がひっくり返るような描写で締めます。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
そして、アンダンテと変奏曲もこの名曲の真価をしっかりと理解した演奏。変奏が重なり展開していく面白さと、キラめくようなメロディーの美しさ、ベートーヴェンの時代を先取りしたような展開力とこの曲に求められる聴かせどころを見事にまとめます。タッチの冴えも見事。やはり大局を押さえた語り口と構成力がスタヴィの魅力でしょう。

ピアニストの表現力を丸裸にしてしまうような、緩徐楽章ばかりの大曲を、デビューからまもない時期にこれだけ成熟した演奏を聞かせ、変奏曲では類まれな構成力を見せつけたということで、ニコラ・スタヴィの類稀な才能を明らかにした見事な録音と言っていいでしょう。このアルバムが廃盤にならず、BISのカタログに並び続けさせるという判断は酔眼です。MANDALA盤とともにお宝盤です。評価は両曲ともに[+++++]とします。



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tag : 十字架上のキリストの最後の七つの言葉

アレクセイ・リュビモフの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(ハイドン)

先日取り上げたヤロスラフ・トゥーマの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」の記事を書いている最中、そう言えば取り上げていない名演奏があったと、ちょっと気になっていたアルバムです。

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アレクセイ・リュビモフ(Alexei Lubimov)がタンジェント・ピアノで演奏した、ハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」。収録は2013年6月17日から20日にかけて、アムステルダム近郊のハールレム(Haarlem)にある統一メノナイト教会(Doopsgezinde Gemeente Church)でのセッション録音。レーベルはZIG-ZAG TERRITOIRES。

いつもながらハイドン以外の世情に疎く、リュビモフもこのアルバムで初めて聴いた人。モーツァルトのソナタ全集が非常に評判が良かったり、ブラウティハムと2人でモーツァルトの2台、3台のピアノのためのコンチェルトを録音していたりするなど、巷では有名な人のようですね。このアルバムは結構前に手に入れていたんですが、この9月に来日していくつかのコンサートの評判が非常に良いとのネットの情報でこのアルバムも聴き直して、その良さにようやく気づいた次第。しかも、この来日の前に引退を発表していたということで、逃したコンサートが最後の来日コンサートだったんですね。いやいやアンテナの感度が鈍っております(苦笑)

手元のアルバムはマーキュリー扱いの国内仕様盤ということで、白沢達生さんの訳による詳細な解説が日本語で添付されていますので、その情報を元に略歴などをさらっておきましょう。

アレクセイ・リュビモフは1944年モスクワ生まれのピアニスト。モスクワ中央音楽学校でリヒテルの師でもあったゲンリフ・ネイガウスに師事。当初は現代音楽を得意としていたとのこと。ソ連崩壊とともに西側での演奏機会も増え、フォルテピアノとの出会いをきっかけに古楽器も演奏するようになり、モーツァルトのソナタ全集をフォルテピアノで録音。アンドレアス・シュタイアーとのデュオや有名古楽器オケとの共演のほか、古楽器以外のオケとも共演を続けてきたとのこと。ネットを調べたところ、録音は膨大でモーツァルトから現代音楽まで幅広くこなしていますが、ハイドンの録音はおそらくこれが唯一のアルバムかと思われます。

このアルバムの聴きどころは、タンジェント・ピアノという聞き慣れない楽器での演奏という点です。リュビモフ自身の解説によれば、タンジェントピアノは18世紀半ばから後半にかけてドイツ語圏を中心に普及してしていた初期のピアノの一種とのことで、様々な機能を使って音色を変化させることができ、この表現の幅の大きさがこの楽器を選んだポイントとのこと。
録音に使用した楽器はレーゲンスブルクのシュペートのもの。(Späth & Schmahl Ratisbonne Regensburg, 1794)

Hob.XX:1C "Die sieben letzten Worte unseres Erlösers am Kreuze " 「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」 (1787)
一聴してフォルテピアノに近い音色ですが、チェンバロ的な金属っぽい音も混ざり、フォルテピアノとチェンバロの中間のような音色。ダイナミクスはフォルテピアノ並みに広く弦がよく鳴る楽器との印象。録音は古楽器の収録によく使われる会場だけに、この楽器の響きの繊細な魅力をうまく活かした精緻なもので、聴きやすいですね。リュビモフの演奏は、テンポはこの曲にしては若干速めに感じる、テンポ感の良いもの。中音域のフォルテピアノに近い音色に高音のチェンバロ的な付帯音が重なり、華やかさが加わることで、一貫して短調のこの曲に艶やかさが加わり、重くなりません。淡々とした演奏ながら、流石にフレーズごとの表情の彫りは深く、叙事詩が語られていくような趣きがこの曲に合っているように感じてきます。
第2ソナタに入るとチェンバロ的なざわめきが消え、明らかに音色が変わります。この曲の細かいトレモロのような装飾音の美しさを際立たせると同時に弱音の美しさが浮かび上がります。そう、このソナタ毎に音色を変え、それぞれのソナタを描き分けようというのが狙いだったんですね。実際に聴くとリュビモフの意図がよりはっきりと伝わります。微妙なタッチの変化での音色の変化も絶妙。
第3ソナタではタッチの力を抜いて少し音が軽くなり、ここでも荘重な曲想が重くなりすぎることなく、光り輝くような浮遊感をもたらします。この曲でこれほど華麗な展開を味わえるとは! まるでお花畑を遊び回るような気分になるから不思議です。
続く第4ソナタでは今度は音を立ててメロディーをクッキリと浮かび上がらせて、ドラマティックな雰囲気に変わります。ここにきて音色に加えてタッチでもソナタごとの表情を描き分けてくる設計の見事さがジワジワと効いてきますね。ハイドンのこの曲の真価を実に深いレベルで読み取っていることに驚きます。
聳つようなピチカートのイメージが残る第5ソナタですが、リュビモフは驚くべきことにピチカートの部分をのっぺりマスキングしてメロディーと伴奏の伴奏に割り切ってメロディーを浮かび上がらせます。この曲の真髄はシンプルなメロディーラインの美しさでした。次々現れる新鮮な解釈に脳が超活性化! 知らず知らずのうちにタンジェント・ピアノの多彩な音色に魅了されています。
楔を打つように厳粛な第6ソナタの入りの一撃に引き締められたかと思うと、優しく美しいメロディーに包まれる見事な展開。楔の強さがメロディーの美しさを際立たせます。
最後のソナタは極度に穏やかなタッチがこの曲の美しさをまたも際立たせます。本来は宗教的に特別な境地に至る曲ですが、あまりの美しさに詩情が勝り、幸福感に包まれる至福の境地。
地震は、アタックよりも連続音で迫力を出す演奏。古楽器での表現ではより効果的でしょう。タッチの鋭さが迫力を演出します。

この演奏、奏者の意図どおりタンジェント・ピアノの音色の変化と絶妙なタッチにより、ハイドンが書いたこの曲の多彩な魅力を見事に表現しきっています。トゥーマ盤も素晴らしかったんですが、このリュビモフ盤も絶妙ですね。やはりこの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」は名曲です。もちろん評価は[+++++]とします。

このアルバムを聴き直して、リュビモフの引退前の最後のコンサートという絶好の機会を聴き逃したことの大きさを思い知っております(涙)



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絶美! ヤロスラフ・トゥーマの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(ハイドン)

最近手に入れたアルバム。

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ヤロスラフ・トゥーマ(Jaroslav Tůma)のフォルテピアノによる、ハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」を収めたSACD。収録は2003年8月30日から31日にかけて、場所はブラハとのみ記載されています。レーベルはチェコのPRAgA Digital。

フォルテピアノを弾くヤロスラフ・トゥーマははじめて聴く人。いつも通り軽くさらっておきましょう。1956年プラハ生まれの鍵盤楽器奏者で、オルガンからフォルテピアノ、クラヴィコードなどを弾き、現在はプラハ音楽演劇アカデミーで教職にある人。プラハ音楽院出身で卒業後オルガン奏者として数々のコンクールで優勝し頭角を現しました。その後はチェコを中心にオーケストラとの共演などで活躍するとともに、アルバムもかなりの数リリースされています。彼のサイトを見ると最近はARTA Recordsというレーベルからアルバムがリリースされています。バッハの録音が多いようですが、他にはチェコやボヘミアの作曲家、そしてトゥーマ自身の曲もあることから作曲もするよう。ハイドンの曲に関してはこのアルバムの他に音楽時計の曲がリリースされているようです。

このアルバムを取り上げたのは、もちろん演奏が素晴らしいからに他なりませんが、加えて録音も理想的。自然体の演奏ですが、7曲のそれぞれのソナタの起伏をしっかりと描く息遣いが素晴らしい演奏なんですね。

Hob.XX:1C "Die sieben letzten Worte unseres Erlösers am Kreuze " 「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」 (1787)
広い空間に心地よく残響が広がる素晴らしい録音。SACD-Hybridでマルチチャネルですがステレオで聴いても非常に自然な残響が美しいですね。楽器は1806年製のワルターのコピー。まずはフォルテピアノの響きの美しさに耳を奪われます。トゥーマの演奏は自然体で淡々と演奏していくもの。適度なアゴーギクに適度なアクセント、そして適度なコントラストがついた実に自然なもの。かといって平板さや単調さは微塵もなく、いきいきと音楽が躍動します。緩徐楽章が続くこの曲から迸る音楽を見事に表現しています。
序奏から自然な音楽の美しさに引き込まれます。ソナタに入ると主旋律のメロディーの美しさを知り尽くしているように訥々と語り始めます。聞き進めていくうちに描くメロディーの起伏はかなり大きく表現も大胆になってきていますが、自然な音楽の流れが切れることはありません。まるで宇野重吉の語りで物語を聴いているような、安心感に包まれながら物語の展開に引き込まれるよう。ソナタが進むにつれ、その名調子の魅力にどっぷりと浸かります。強音の部分でも響きの美しさは損なわれず、フォルテピアノという楽器が美しく響く範囲での演奏。この辺のタッチのコントロールはまさに絶妙。終始フォルテピアノの美しい響きに包まれます。この丁寧なタッチの演奏がこの曲本来のメロディーの美しさをさらに際立たせます。第3ソナタの入りなど絶美の極み。ソナタごとにしっかりとクライマックスを設けて、大きな波に揺られながら、純粋に祈りの心境に昇っていくような不思議な感覚に満たされていきます。それまでゆったりとしたテンポでじっくりと描いていたものが、オーケストラ版ではピチカートで演奏される第5ソナタに入ると意外に速いことで、キリリとしたコントラストをつけてきます。大曲だけにしっかりと起伏をつけてきました。そして第6ソナタでは劇的な印象を、第7ソナタでは諦観にもにた枯淡の境地に至ります。そして一番びっくりしたのが最後の地震。かき鳴らすように強音を響かせるような演奏も多い中、なんとかなり力を抜いて演奏。速度はやや遅めなくらいですが、地震の記録映像を落ち着いて見るような風情。最後に品位を保ちながら、この最後の場面に込められた心情を全く異なる形で表現するあたり、意表を突かれましたが、これは見事に締まりました。

この「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」という曲、ハイドンは渾身の作ということで、オリジナルの管弦楽版をこのクラヴィーア版、弦楽四重奏版、オラトリオ版に編曲していますが、このヤロスラフ・トゥーマの演奏、クラヴィーア版の面白さを最も際立たせる名演奏と言っていいでしょう。クラヴィーア版のお気に入りはインマゼール盤でしたが、調べてみると廃盤になっちゃっていんですね。録音の良さをあわせると、このトゥーマ盤が現在のベスト盤と断じます。評価はもちろん[+++++]とします。未聴の方、是非聴いてみてください!



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【新着】名盤! エカテリーナ・デルジャヴィナの変奏曲と小品(ハイドン)

引き続き新着アルバムです。

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エカテリーナ・デルジャヴィナ(Ekaterina Derzhavina)のピアノによる、ハイドンの変奏曲と小品13曲を収めた2枚組のアルバム。収録は2016年11月29日、30日、ドイツ、ザールブリュッケンにあるザールランド放送のスタジオでのセッション録音。レーベルは独Profil。

デルジャヴィナは2013年にハイドンのピアノソナタ全集をリリースしているので、当ブログの読者ならご存知の方も多いはず。当ブログでもリリース直後に取り上げています。

2013/05/24 : ハイドン–ピアノソナタ : 【新着】エカテリーナ・デルジャヴィナのピアノソナタ全集

この全集、1993年から2008年という長期間にわたって録音されたもので、必然的に録音年代によって演奏も微妙にニュアンスが異なるものでした。記事にした前後に聴いた時の記憶では初期のシンプルなソナタの明快な表現や、独特のニュアンスが漂う緩徐楽章の表現にこの人の個性があると思った一方、力感の表現が少々硬い感じがしたというのが正直なところ。

今回の変奏曲集は全集の収録から10年近く経っての録音ということで、この辺のニュアンスがどう変わってきたかというのがポイントでしょう。また収録も2日間で集中的に行われたものの、最近リリースされるアルバムにしては珍しく3年近くかけて仕上げてきたものということで、その仕上がり具合が期待されますね。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「豚の去勢にゃ8人がかり」 [G] (1765)
コミカルなテーマが展開していく曲。全集の時よりも明らかにピアノの響きが明晰になっているのは録音技術の進歩でしょう。そしてデルジャヴィナのタッチの明快さも一段アップしているよう。そしてフレーズごとの表現もこのコミカルさを踏まえてデリケートになっています。前録音からの進化が感じられます。落ち着き払ってコミカルな面白さを浮き彫りにするなかなかの演奏から入ります。

Hob.XVII:2 Arietta con 20 variazioni [A] (before 1767)
ハイドンの変奏曲の面白さは、変奏ごとの表情の切り替えにあるということをしっかりと踏まえて、変奏ごとに鮮やかに表情を変えていきます。そして速いパッセージのタッチも鮮やか。20もの変奏を飽きさせずに展開させる語り口の巧みさ。緩急自在かつ大胆なテンポの変化。デルジャヴィナ、演奏を存分に楽しんでいるように聴こえます。この曲がこれほど表情豊かな曲だったと気付かさせられました。

Hob.XVII:3 Arietta con 12 variazioni [E flat] (early 1770's)
落ち着いてテーマを語ったあと、無邪気に変奏に入るところのなんたる楽しさ。メロディーをくっきり浮かび上がらせたかと思うと、しっとりと柔らかな響きで聴かせる見事な展開。この曲ではテンポやメロディーまで、より崩しを大きくして即興性を加えてまるで変奏と戯れるよう。これぞ変奏曲の楽しみ方と言わんばかり。

Hob.XVII:4 Fantasia (Capriccio) op.58 [C] (1789)
CD1の最後の曲。ここまで一回り表現の大きくなったデルジャヴィナの演奏に引き込まれっぱなし。ソナタなどの構成の面白さで聴かせる曲とは異なり、純粋にメロディーの演出の面白さと、トリッキーな変化という音楽的快感に直接触れるこれらの曲は、デルジャヴィナの新境地でしょう。この曲でもタッチの鮮やかさとともに語り口の雄弁さが圧倒的。意外な修飾音が散りばめられてスリリング。いやいや素晴らしい!

Hob.XVII:5 Tema con 6 variazioni "Faciles et agreables" 「やさしく快適」 [C] (1790)
実にチャーミングな入り。宝石のように磨き抜かれた音で奏でられるメロディー。この曲ではキレばかりではなくゆったりとした部分の美しさで聴かせます。メロディーの癒しも陰りも深みがあります。終盤はやはりタッチの鮮やかさで締めくくります。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
このアルバムの聴きどころ。この有名曲をどう攻めてくるでしょうか。聴き慣れた曲、しかも名演ひしめく曲だけにどう入ってくるか耳を峙てます。入りは意外にも軽めに提示。やはり変奏に入るとはっきりと表情を変えて、さりげなくこれから始まる展開の面白さを予感させます。進むにつれて、ゆったりと、リリカルに、輝かしくと様々な表情を見せていきながら、この曲の一貫した流れも保つ制御力を見せます。重くなりがちな曲想を右手のきらめくようにクリアなタッチで引き締めます。変奏のクライマックスでも冷静に響きをコントロールする余裕があり、冴えた流れの魅力を振りまきます。いやいや見事。

Hob.XVII:7 Variazioni [D] (1766)
コミカルな曲想はもはやデルジャヴィナの十八番。音符と戯れ踊るような実に楽しげな演奏。この曲がこれほど面白いとは! これはハイドンに聴かせたいですね。自分の書いた音符をこれほどに楽しんでもらえると想像したでしょうか?

Hob.XV:22 Piano Trio (Nr.36/op.71-2) [E flat] (before 1795)
ピアノトリオのアダージョから編曲。手元の所有盤リストでも、トリオでの演奏と同数くらいのピアノでの演奏が並び、ピアノで演奏されることも多い曲。変奏に戯れるのとは違って、ゆったりと落ち着いた演奏を挟みます。

Hob.I:63 Symphony No.63 "La Roxelane" 「ラ・ロクスラーヌ」 [C] (before 1781)
交響曲63番「ラ・ロクスラーヌ」の2楽章からの編曲。こちらは手元にあるアルバムではピアノで演奏されたものはおそらくこのアルバムがはじめてで、ピアノでの演奏は珍しいのではないでしょうか。トルコ風の短調のメロディーが印象的な曲。メロディーの提示は直裁なものの、この曲でも変奏により、様々に表情を変えていく面白さは健在。

残りの曲は一言ずつ。

Hob.XVII:10 Allegretto [G]
2分弱の短い曲。後半のリズムの面白さを浮かび上がらせるセンスはなかなか。

Hob.XVII:9 Adagio [F] (before 1792)
美しいメロディーをリボンで飾るような装飾音が効いています。

Hob.III:77 String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartetett" 「皇帝」 [C] (1797)
この有名曲でも変奏の面白さにスポットライトを当てます。輝くような高音の魅力が効いていますね。

Hob.IX:12 12 Deutschen Tänze (1792)
最後はドイツ舞曲。曲ごとの変幻自在の表情の描き分けが際立ちます。



ソナタ集の時にはそれほどでもないと思ったエカテリーナ・デルジャヴィナ。時が経ち演奏も熟成され、この変奏曲と小品のアルバムは抜群の出来と言っていいでしょう。これまでにも何人かのピアニストがハイドンのソナタ全集を録音し、そして変奏曲や小品についても網羅的に録音したピアニストもいますが、どうもソナタ集の補完やおまけ的ニュアンスがありました。このデルジャヴィナ版は、この変奏曲や商品の面白さを際立たせるという点で画期的な録音だと思います。特にHob.XVII:7の自在の境地はハイドンのピアノ曲の人知れぬ頂点の一つだと思います。これは名盤ですね。ピアノ曲が好きな方は必聴です! 評価は全曲[+++++]とします。



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tag : アンダンテと変奏曲XVIII:6

グレン・グールド1958年ストックホルムでのXVI:49(ハイドン)

手に入れていなかったアルバムをゲット!

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グレン・グールド(Glenn Gould)のピアノによるハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:49)などを収めた2枚組のアルバム。ハイドンの収録は1958年10月1日、ストックホルムの音楽アカデミー(The Musical Academy, Stockholm)での録音。ノイズも拍手もないことから放送用録音と思われます。

実に久々にグールドを聴きます。

2011/01/29 : ハイドン以外のレビュー : グールド1959年のザルツブルク音楽祭ライヴ
2010/02/16 : ハイドン–ピアノソナタ : グールド最晩年の輝き

皆様ご承知の通り、グールドは最晩年にハイドンのソナタ6曲を録音しており、それがグールドのハイドンを代表するアルバムとして現在もリリースされ続けています。グールドの個性が突き抜けた演奏であり、ブログ初期に記事にしていますが、私はスタジオに籠って完全なる演奏を編集し続けて出来上がったグールドの演奏よりも、初期のライヴでの冴えまくった狂気のような瞬間にこそグールドの真髄があると思っており、上に挙げた1959年のザルツブルク音楽祭のモーツァルトなどをたまに取り出しては聴いています。
晩年のスタジオ録音以外にハイドンの録音があるとは思いもせずあまり探してもいませんでしたが、このアルバムの他にも録音がありそうなので、捜索開始です(笑)

さて、このストックホルムでの録音集ですが、手元にあるグールドの詳しい伝記、オットー・フリードリック著宮澤淳一訳「グレン・グールドの生涯」の巻末の演奏一覧にも触れられていないものばかり。この1958年の夏以降は8月にザルツブルクでミトロプーロスの振るコンセルトヘボウ管と共演、ブリュッセルでのコンサートを経て、9月にはベルリンでカラヤン/ベルリンフィルと共演ののちストックホルムに入り、このアルバムに収められた下記の曲を録音しています。

9月30日 モーツァルト:ピアノ協奏曲24番(KV491) ゲオルク・ルートヴィヒ・ヨッフム(オイゲン・ヨッフム兄)/スウェーデン放送響
10月1日 ハイドン:ピアノソナタ(Hob.XVI:49)
10月5日 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲2番 ゲオルク・ルートヴィヒ・ヨッフム/スウェーデン放送響
10月6日 ベートーヴェン:ピアノソナタ31番(Op.110)、ベルク:ピアノソナタOp.1

前掲書本文にはザルツブルクからベルリン、ストックホルムを経て、その後ヴィスバーデン、フィレンツェ、ローマ、テルアヴィヴ、エルサレムなどの演奏旅行中に体調を崩し、深刻な状況となった経緯などが書かれており、けっして良い体調ではなかったことがわかります。ただし、このアルバムを聴くと、この時期のグールドのタッチは冴え渡り、モノラルながら非常に鮮明な録音も手伝って若いグールドの才能を堪能できる素晴らしいプロダクションとなっています。

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
このアルバムを聴く前にスタジオ録音の方も久々に聴き直してみましたが、どちらも1楽章は速めながら、1958年の方はなりふり構わず韋駄天のように飛ばしまくるような速さで、それに比べると晩年の演奏スタティックに聴こえるほど。若きグールドはハイドンの音楽を早送りのような速度でハイドンのメロディーの巧みな構成のをおもちゃ箱のような子供の頃の記憶とダブらせて表現しようとしているのでしょうか。それにしても超特急のような速度で指は全く乱れず、テクニックのキレは恐ろしいほど。
この演奏、1楽章の速さだけだったら記事にすることはありませんでした。素晴らしいのが続く2楽章のアダージョ・カンタービレ。この楽章はこの1958年盤の聴きどころ。グールド独特の孤高な感じと、1楽章から続く軽さが見事に融合して、音楽は冴え渡ります。他のピアニストとは描く風景が全く異なり、荒涼たるカナダの雪原を思わせる険しさのような気配を帯びるハイドンの音楽。現代音楽に通じる静寂と峻厳さを感じさせる瞬間があると思いきや、音階にはグールド流の硬質感があり、全くもって個性的なハイドン。
そして、続く3楽章はさらにグールドの個性全開。ハイドンの音楽をデフォルメしまくって、新たにグールド流に再構築した音楽。透徹してアーティスティックなデフォルメの技が冴えわたります。今更ながらグールドの才能に驚いた次第。

この後に置かれたベートーヴェンの31番がグールド流のエキセントリックさを抑えた沁みる演奏で素晴らしいんですね。CD1のヨッフム兄とのコンチェルトも素晴らしい演奏で、体調というか心理的に追い込まれていたにも関わらず、このアルバムに収められた演奏は若きグールドの才能が迸る素晴らしいものばかり。ということで、肝心のハイドンの演奏は[+++++]。ハイドン目当てでない方にもお勧めできる素晴らしいアルバムです。



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tag : ピアノソナタXVI:49

ジャン=ベルナール・ポミエのXVI:37(ハイドン)

ちょっと間が空きました。今日は最近入手した古いLP。

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ジャン=ベルナール・ポミエ(Jean-Bernard Pommier)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:37)などを収めたLP。収録情報は記載されていませんが、ライナーノーツの文面が1964年に記載されていることから、このころの録音でしょう。レーベルは仏LA VOIX DE SON MAITRE。

このアルバム、"Le 1er disque de jean-bernard pommier"というタイトルということで、ピアニストのジャン=ベルナール・ポミエのデビュー盤でしょう。ジャケットに写る深い陰影の若き奏者のオーラにつられて最近オークションで手に入れましたが、私は初めて聴く人。ちょっと調べると、ベートーヴェンやモーツァルトのピアノソナタ全集を録音していることからご存知の方も多いのかもしれません。

いつものように奏者の情報を調べているうちに、このアルバムの凄さが垣間見えてきました。このアルバムのライナーノーツはルイーズ・ド・ヴィルモラン(Louise de Vilmorin)というフランス人の女流作家による"Mon cher Jean-Bernard"(愛するジャン・ベルナールへ)という文章が綴られているのですが、内容はフランス語のため、私には解読不可能(笑)。ただ、このルイーズ・ド・ヴィルモランという人を調べてみるとすごい人。「ルイーズ」という彼女の評伝が出版されており、その評伝によると、、、

サン=テグジュペリの婚約者となり、ジャン・コクトーに求婚され、オーソン・ウェルズを燃え上がらせ、アンドレ・マルローの伴侶となる…あらゆる知的男性のミューズだった伝説の女流作家。


と書かれているではありませんか。そのルイーズ・ド・ヴィルモランがデビュー盤のライナーノーツを書いているということでも、ポミエの存在感が際立つわけです。ルイーズは1902年生まれで、1969年に亡くなっていることから、このアルバムのライナーノーツを書いたのは還暦を過ぎた晩年のこと。ジャン=ベルナール・ポミエは1944年生まれということで、このアルバムは20歳でのリリース。ルイーズは容姿を含めて若きポミエの才能を見抜いたのでしょう。

肝心のポミエの情報にも触れておきましょう。生まれは南フランスモンペリエ近郊のベジエ(Beziers)。4歳でピアノをはじめ、7歳でコンサートデビュー、パリ音楽院ではピアノをイヴ・ナットとピエール・サンカン、指揮をウジェーヌ・ビゴーに学びます。1960年のベルリンの若手音楽家コンクールで1等、1962年のモスクワのチャイコフスキーコンクールの最終選考まで残るなどの成績により頭角を現し、以後、世界の楽壇で活躍するようになります。その後は指揮者としても活躍されピアニストとしても指揮者としても多くの録音を残しているようです。

Hob.XVI:37 Piano Sonata No.50 [D] (c.1780)
このアルバムの1曲目に置かれたのがハイドンのソナタ。Sonate No.7 en Ré Majeurと記載がありますが、聴いてみるとこれはNo.37の誤りで、次のモーツァルトのNo.7(K.309)との混同でしょう。
録音はステレオで鮮明。硬質なピアノの響きと非常に軽やかなタッチが印象的。1楽章だけ聴いていたら記事を書くほどとは思わなかたのですが、続くラルゴに入ると、1楽章のタッチの軽やかさと軽妙洒脱な演奏から一転、非常に雄弁かつ詩情溢れる深々とした演奏になります。このラルゴへの劇的な展開の閃きこそポミエの真髄と見切りました。そしてフィナーレの枯淡の境地のような落ち着いた表現は凄みすら感じさせるほど。ハイドンの短いソナタで、冴え冴えとしたタッチとこれだけの表現の幅を聴かせる才能は見事という他ありません。

この後のモーツァルトでは、さらに冴え冴えとしたタッチの魅力炸裂。表現の方向は違いますが、この恍惚感はグールドを思わせるもの。ルイーズ・ド・ヴィルモランの気持ちがわかったような気がしました。

ハイドンの他の収録曲は以下の通り。
モーツァルト:ソナタ No.7(K.309)
シューベルト:即興曲集(Op.90のNo.2)
ベートーヴェン:ソナタ No.13
シューマン:アラベスク(Op.18)
ブラームス:3つの間奏曲(Op.117)からNo.2

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このアルバム、義父の葬儀などでしばらくオークションから遠ざかっていましたが、ひと段落した10連休中の3日に久しぶりにオークションを再開して手に入れたもの。今日クリーニングして針を落としてみて、なかなかの演奏ということで記事を書き始めましたが、奏者のポミエのことを調べ始めて、ライナーノーツを書いたルイーズ・ド・ヴィルモランにつながり、奇遇にもその婚約者だった「星の王子さま」の著者のサン=テグジュペリにつながった時にはびっくり。実は「星の王子さま」は読書家だった義父の1番のお気に入り。自宅に戻ってしばらくで亡くなった義父の本棚には「星の王子さま」の研究書があり、4月29日の葬儀では棺にはその本を入れて旅立ちました。このアルバムとの出会いは義父がつなげてくれたのかもしれません、、、
ハイドンの評価は[+++++]とします。



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tag : ピアノソナタXVI:37

【新着】井上裕子のフォルテピアノによるXVI:46(ハイドン)

最近リリースされたアルバム。絶品です。

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TOWER RECORDS / amazon / HMV&BOOKS online

井上裕子(Yuko Inoue)のフォルテピアノによる"The Art of Emotions"と題されたアルバム。この中にハイドンのソナタが含まれています。収録曲は以下の通り。収録は2018年3月16日から18日にかけて、オランダのエンスヘーデ(Enschede)にある楽器修復家のエドウィン・バンク(Edwin Buenk)のアトリエでのセッション録音。レーベルはノルウェーのSIMAX classics。

C.P.E.バッハの「識者と愛好家のための曲集 第5巻より幻想曲ハ長調とロンド(Wq.59)
C.P.E.バッハ:ソナタ ト短調(Wq.65/17)
ハイドン:ソナタ 変イ長調(Hob.XVI.46)
モーツァルト:幻想曲(前奏曲)とフーガ(K.383a(394))
ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」のテーマによる15の変奏曲とフーガ(Op.35)

このアルバムは奏者の井上裕子さんのデビューアルバムとのこと。いつものようにハイドン関係の新譜を物色している中で見かけて注文していたもの。いつものように、未聴の奏者のアルバムということで虚心坦懐に聴いたところ、爽やかな容姿に似合わず、これはなかなか骨のある演奏ということで取り上げた次第。

アルバムは輸入盤ですが、珍しくライナーノーツには日本語も付いていて、奏者自身による読み応えのある詳細な解説がつけられている本格的なもの。アルバムタイトルである"The Art of Emotions"とは奏者が心酔するC.P.E.バッハの下記の言葉に基づいて付けられたもの。

「音楽家は自分自身が感動するのでなければ、聴衆を感動させることはできない。したがって音楽家は、聴衆の心に呼び起こそうとするすべてのアフェクトの中に自分浸ることがどうしても必要である。音楽家が自分の感情を聴衆に示し、そして彼らをそれに共感させるのである。悄然として悲しい部分では、自分自身悄然とし、悲しまなければならない。聴衆が、それを見、それを聞いて曲の内容を理解するのである」 (C.P.E.バッハ) ※ライナーノーツから引用


ということで"The Art of Emotions"は「感情表現の創造」とでも訳すのでしょうか。そして、アルバムの収録曲はC.P.E.バッハを敬愛したハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの作品から奏者が選んだ曲を配したものということです。

冒頭に置かれたC.P.E.バッハの曲は、まさに千変万化する感情表現を極めたような曲。いつも整然として知的でもあり、ユーモラスでもあり、起承転結が明快なハイドンの音楽を聴いているせいか、フレーズごとに型破りな音楽がどんどん展開されるのが非常に新鮮。演奏もC.P.E.バッハを得意としているだけに、全く迷いなくこのめくるめく展開を手中に収め、作曲者の感情と一体化するような見事なもの。C.P.E.バッハを聴いただけで、奏者の表現の幅の広さを確信した次第。

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
この曲はハイドンのソナタでも奏者が度々演奏してきた曲とのこと。ハイドンの初期のソナタの中でも美しい曲想で知られ、録音も多い人気曲なのは皆さんご存知の通り。C.P.E.バッハで聴かせた幅広い表現は、ハイドンでは少し抑え気味にしてしなやかな曲の流れの良さを活かしていきます。それでも音階の一つ一つが粒立ち良く刻まれ、起伏が大きく、陰影も深くなるのは持ち前の雄弁な表現力によるところでしょう。使用している楽器はこのアルバム共通ですが、この曲の変イ長調(1楽章)、変ニ長調(2楽章)という特殊な調に伴い、調律もまろやかな響きになるように修正しているとのことで、華やかながらまとまりのよい響きに繋がっていると思われます。流石なのは、フレーズごとにかなり大胆な表現を織り交ぜているのに、音楽の流れに一貫性があり、ハイドンらしい機知と展開の妙を存分に楽しめること。
続くアダージョは奏者が「夢のような楽章」と言うように、まさに夢見るような境地。自在なタッチから紡ぎ出される音楽のなんと心地よいこと。コンディションの良い楽器だからこその弱音の美しさが際立ち、静寂の中に繊細な音楽が流れる快感。至福。
終楽章はC.P.E.バッハでも聴かれたキレキレのタッチで、ハイドンのフィナーレを壮麗に盛り上げます。快速テンポでもテクニックは万全。テクニックの誇示のような印象はなく、ここでも音楽がいきいきと弾み、クライマックスでは楽器の響きが濁る寸前まで鳴らしきる見事な終結。いやいや見事な演奏でした。

この後のモーツァルトとベートーヴェンももちろん出色の出来。特にベートーヴェンはこの奏者の表現力が見事にマッチして素晴らしいですね。

井上裕子によるハイドンのXVI:46ですが、これは日本人による演奏という但し書きをつけなくても、この曲の古楽器による演奏のベストと言っていいでしょう。評価はもちろん[+++++]とします。表現の方向は少々異なりますが、フォルテピアノの表現力はアンドレアス・シュタイアーと遜色ありません。最近聴いたベズイデンホウトや、ボビー・ミッチェルなどのフォルテピアノ奏者に続き、フォルテピアノでは最先端を行く人でしょう。デビュー盤でこの完成度ですので、この先が楽しみな人です。是非ハイドンの曲を録音してほしいものです。



最後に奏者のウェブサイトも紹介しておきましょう。日本語対応ですので経歴などは下記のウェブサイトをご覧ください。

Yuko Inoue | cembalist & fortepianist

このサイト、フッターに"Website crafted by Yuko Inoue"と書かれているので、おそらく本人が作っているのでしょう。経歴やコンサート活動の他にもこのデビュー盤を録音したエドウィン・バンク氏のアトリエでの録音風景の写真や、使われている同氏所有のフォルテピアノの写真などがアップされており、なかなか興味深いものです。



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tag : ピアノソナタXVI:46

【新着】クリスティアン・ベズイデンホウトのソナタ集(ハイドン)

久々に、これぞというアルバムに出会いました。

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TOWER RECORDS / amazon / HMV&BOOKS onlineicon

クリスティアン・ベズイデンホウト(Kristian Bezuidenhout)のフォルテピアノによるハイドンのピアノソナタ集。収録曲は(Hob.XVI:20、XVI:6、XVI:48)、弦楽四重奏曲Op.76のNo.3「皇帝」の2楽章「神よ、皇帝フランツをまもりたまえ」の主題による変奏曲、アンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)の5曲。収録は2017年9月、アムステルダム近郊のハールレム(Haarlem)にある統一メノナイト教会(Doopsgezinde kerk)でのセッション録音。レーベルは仏harmonia mundi。

奏者のクリスティアン・ベズイデンホウトは私は初めて聴く人。調べてみるとharmonia mundiからはフォルテピアノによるモーツァルトのピアノソナタ全集がリリースされ、そのほかフライブルク・バロックオーケストラとのモーツァルトのピアノ協奏曲が進行中。またメンデルスゾーンの協奏曲集、イザベル・ファウストとのバッハのソナタ集、マーク・パドモアとのシューベルトやベートーヴェンの歌曲集などがリリースされており、harmonia mundiの看板アーティストという感じ。そのほか、Onyxレーベルからはヴィクトリア・ムローヴァとのベートーヴェンのヴァイオリンソナタ集、DGからもアルバムがリリースされるなど、アルバムも多数に渡るため、ご存知の方も多いでしょう。このアルバムで初めてベズイデンホウトに出会った私は、ハイドンばかり聴いていると世情に疎くなるものだと痛感した次第(笑)

このアルバムのジャケットに写るベズイデンホウトは、なかなか彫りの深い、人生経験豊富な姿に見えますが、同じくharmonia mundiから先にリリースされているモーツァルトのソナタ集のジャケットに写る姿は若々しくイケメン売り。なんとなく表現の熟成を想起させますが、まさにこのハイドンのアルバムは表現の陰影の深さを印象付けるものでありました。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
楽器は2009年製のチェコのPaul McNultyによるもので、1805年製Anton Walter & Sohnの複製品。フォルテピアノにつきものの音程の揺らぎが全く感じられないもので、非常に澄んだ響きが印象的。調律もかなり追い込まれているものと思われます。冒頭から落ち着いたリズムを刻みながらも多彩なタッチで音色が極めて豊富。フォルテピアノの構造体に響く余韻が気持ちよく響くタッチの強さを完全に掌握して、楽器を無理なく鳴らしている感じ。同じくタッチの表現の幅の広さを誇るブラウティハムがより力感を重視したタッチなのに対し、ベズイデンホウトはより繊細でニュートラルな印象。1楽章はまさにきらめくような美音に包まれ、時折すっと落とすのも響きの美しさを感じさせるのに効果的。力みなくハイドンのソナタのリズム感を浮かび上がらせる見事なタッチと言っていいでしょう。1楽章から詩情が香り立ちます。
ハイドンのソナタでもっとも美しいメロディが印象的な2楽章。あえて淡々と演奏することで美しいメロディーが引き立ちます。ベズイデンホウトはデリケートなタッチで装飾音をちりばめ、フォルテピアノの繊細な響きを活かして、この曲の美しさが際立たせます。繰り返しから音色を変えて響きの変化を楽しませてくれます。
フィナーレは流れるようなタッチで速いパッセージをこなしながら、メロディーラインをくっきりと浮かび上がらせる見事なテクニックを披露。微妙な翳りを伴う美しい瞬間の連続にハッとさせられます。1曲めにこのソナタを持ってくるあたり、ハイドンのソナタに対する理解も深そうですね。

Hob.III:77 String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartetett" 「皇帝」 [C] (1797)
皇帝の2楽章であり、「神よ、皇帝フランツをまもりたまえ」の主題による変奏曲。美音は変わらずですが、妙に郷愁を誘う黄昏感に包まれる演奏。現ドイツ国歌のメロディーだけに、ハイドンのメロディーとして広く知られているもの。モーツァルトのソナタ集が全集に繋がったことから、このアルバムも全集の第1巻を意識しての選曲と思われなくもありません。いずれにしてもタッチの美しさは絶品です。

Hob.XVI:6 Piano Sonata No.13 [G] (before 1760)
続いてタッチの軽やかさが印象的な曲を持ってきました。フォルテピアノの響きがマッチする曲。そこここに即興性を感じさせて、まるで初期のソナタと戯れるような楽しさを感じさせる演奏。曲ごとに演奏するスタイルを微妙に変えてきています。響きではなく音楽自体を見抜いてのタッチの選択。
この曲は2楽章がメヌエット。左手のリズムをくっきりと浮かび上がらせながらの舞曲の繊細な躍動感とトリオとの対比はまさにハイドンのメヌエットの真骨頂。トリオを挟んで前半と後半のメヌエットのデリケートな弾きわけも見事。
感極まったのが3楽章のアダージョ。前曲のアンダンテも美しかったんですが、このアダージョの清涼感はなんでしょう。繊細なフォルテピアノの高音部の響きの美しさと、変幻自在なタッチから生み出されるしなやかな響きに釘付けです。奏者の澄み切った心境が音楽に昇華したよう。
フィナーレはセンス良くあえてさらりとまとめました。

Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
後期のソナタからは詩的な響きが美しい曲を持ってきました。ピアノによる演奏に慣れた耳にも全く違和感ない響き。ピアノの重厚な響きと比較して聴くような演奏ではなく、フォルテピアノの繊細な響きと、フォルテピアノの持つダイナミクスの範囲でのくっきりとしたメリハリで聴きごたえ十分。逆に余韻の美しさはピアノ以上で、後期のソナタにも関わらず、むしろピアノよりもマッチする感じ。
2楽章の速いテンポも、響きが混濁することなく見事にメロディーが浮かび上がり、軽やかな余韻で聴かせる秀逸な出来。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
アルバムの結びにこの曲を持ってくるとは流石。この曲では落ち着いて正面から取り組むようなニュートラルなスタンスで入ります。前半の変奏が次々と発展していくところはベズイデンホウトの表現力を遺憾無く発揮。右手と左手のニュアンスを微妙に変えながら変奏ごとに表現力を駆使して多彩な表情を作っていきます。この曲でも装飾音をセンスよく散りばめることでフォルテピアノらしい色彩感を強調。変奏のクライマックスは音量やタッチの力強さではなく、表現の多彩さで聴かせます。この長い変奏曲を見通しよくまとめる手腕も含めて見事な演奏にノックアウト。

クリスティアン・ベズイデンホウトのフォルテピアノによるソナタ集ですが、フォルテピアノの音色の美しさといい、ベズイデンホウトの繊細かつ表現力溢れるタッチといい、選曲の見事さといい文句なしに素晴らしいアルバム。フォルテピアノによるソナタ集としては一押しのアルバムと言っていいでしょう。特に全集を目指したリリースとは触れられていませんが、同じくharmonia mundiからリリースされたモーツァルトのソナタ集が全集化されたのを踏まえると、ハイドンについても全集を目指すことを期待してしまいますね。折しも現代ピアノでは、ポール・ルイスやロマン・ラビノヴィチら新世代のピアニストによる全集のリリースが始まったばかり。これにベズイデンホウトが加われば、しばらくはピアノソナタの名盤に事欠かないことになりますね。もちろん評価は全曲[+++++]とします。



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【新着】ロマン・ラビノヴィチのピアノソナタ全集第1巻(ハイドン)

年末の旅行の記事を書いているうちに1月も20日過ぎになってしまいました。このあたりでちゃんとしたレビューしておかないと当ブログの存在意義が問われかねませんので(笑)、最近入手したアルバムから絶品の演奏を取り上げます。

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TOWER RECORDS / amazon

ロマン・ラビノヴィチ(Roman Rabinovich)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ6曲(Hob.XVI:21、44、45、16、39、32)を収めた2枚組のアルバム。収録は2016年10月24日から30日にかけて、ニューヨークのアメリカ文学芸術アカデミーでのセッション録音。レーベルはFirst Hand Records。

このアルバム、ハイドンのピアノソナタ全集の第1巻という触れ込みでリリースされたということでTOWER RECORDSに注文を入れていましたが、在庫切れでなかなか到着せず最近ようやく到着したもの。なお、ほぼ同時期にダニエル・フックスというピアニストもこちらはハイドンのピアノソナタ全集が揃いでリリースされたアルバムも届き、うれしい悲鳴(笑) 一応、両者の収録曲を所有盤リストに登録しながら、いろいろつまみ聴きして品定めをしたところ、演奏はこちらのラビノヴィチが2枚くらい上手。そして録音もピアノの美しい響きをあますところなく伝える録音も見事。ということで、このラビノヴィチ盤を取り上げることにした次第。

ピアニストのロマン・ラビノヴィチは初めて聴く人。1985年ウズベキスタンのタシケント生まれで、両親からピアノを習い、1994年に家族共々でイスラエルに移住。直後の1995年にメータ指揮のイスラエルフィルと10歳で共演しデビュー。その後フィラデルフィアのカーティス音楽院、ニューヨークのジュリアード音楽院で学び、2008年のルービンシュタイン国際ピアノコンクールでは1等なしの2等に選ばれていて、以降世界の著名なホールでコンサートを開くピアニストとして活躍しています。なお、作曲や絵も嗜み、このアルバムのジャケットもラビノヴィチ自身の作です。

このソナタ集、第1巻ということで、選曲は作曲年代順でもなければ、有名曲をちりばめたものでもなく、比較的初期の作品を集めたもの。しかもその演奏は今時の非常に繊細な感性を感じさせながら、1曲1曲の面白さを浮かび上がらせ、その上オルベルツの全集のように、何か一貫した堅固な姿勢を感じさせるという、なかなか素晴らしいもの。少し前に取り上げたポール・ルイスも全集を視野に入れたリリースでしたが、ルイスの透徹した響きの美しさとはまた異なる魅力を放っており、勝るとも劣らぬ素晴らしさ。ということで、CD1枚目の3曲をレビューしておきましょう。

Hob.XVI:21 Piano Sonata No.36 [C] (1773)
アメリカ文学芸術アカデミーはネットで調べると非常に古い建物で広いオーディトリウムがあり、おそらくそこが収録に使われたものと思われます。鮮明ながら広いホールにピアノの残響が非常に美しく漂う名録音。冒頭からピアノの美しい響きに魅了されます。ラビノヴィチの演奏は、先に触れたように、この美しい響きを楽しむように、淡々と演奏していき、まるでオルベルツのような素晴らしい一貫性と堅牢さが魅力。この美しい響きによってハイドンの初期のソナタのシンプルなメロディーが極限まで研ぎ澄まされる感じ。アダージョの語り口もさりげないんですが、深みがあって実に心地良い。耳を澄ますと中音域がしっかりとしているのが堅牢な印象を与えているよう。それでいて詩情が濃く、いきなり夢見心地。この初期のソナタがこれほど美しいとは。フィナーレの軽やかさとキレ味もまろやかな響きに包まれて極上。

Hob.XVI:44 Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
軽妙な前曲の余韻をさらりと流して、短調の物憂げなメロディーを美しく置いていきます。曲の配置のセンスも類い稀なものを持っていそうです。この曲でも一貫した姿勢でさらりと音楽が流れているように感じますが、ディティールは自然に磨き込まれ、アクセントも自然な印象ながらくっきりとつけらています。ハイドンの曲から美しさと、構成の面白さ、そして深みを引き出すバランス感覚をしっかりと身に付けているようです。このバランスというかセンスがハイドンの演奏には最も必要なことはみなさんご存知でしょう。ラビノヴィチ、それほど録音があるわけでもありませんが、いきなりハイドンの全集を目指すというところからも、ハイドンに対する深い理解と嗜好があるのでしょうね。2楽章構成のこの曲、2楽章のアレグレットを聴くと程よい穏やかさを実に自然に表現してきます。

Hob.XVI:45 Piano Sonata No.29 [E flat] (1766)
そして、晴朗快活な曲。ソナタのならびの面白さだけでも十分刺激的。曲が変わる瞬間の面白さは、楽章間とはまた違う緊張感があって好きです。ここでも適度な推進力とキレ、コントラスト。ハイドンの音楽の中のとりわけタッチの面白さがこの曲のポイントと見抜いているのでしょう、シンプルな音楽が演奏によって真の豊かさを持つことができるのだ言われているような演奏。次々と繰り出される起伏に富んだメロディーが脳の聴覚中枢を通してアドレナリンを発散。音色の持つ様々な印象を駆使しての演奏。これをマルチヴァレントいうのでしょう。1楽章から絶品です。続くアンダンテは淡々と仕込まれたメロディーがラビノヴィチのタッチで柔らかな陰影を帯びてゆったりと推移していく景色を眺めるがごとき風情。終楽章は恐ろしいほど速いパッセージがあるんですが、不思議と自然に音楽が流れます。しかもアクロバティックな印象は微塵もありません。むしろ完全に曲を掌握して、楽々と弾いているような余裕すら感じさせます。本質的なテクニックの持ち主ということでしょう。

いやいや、ロマン・ラビノヴィチ、すごい人です。まるでハイドンのソナタを弾くためにピアノを弾いているようにすら聴こえます。ハイドンのソナタの魅力である、ハッとするような構成の面白さ、機知に富んだメロディー、晴朗さも美しさも陰りも織り込まれたそれぞれの曲の魅力をあますところなく伝え、ハイドンのソナタの演奏に完全にフォーカスして完璧な説得力を持っています。このレベルでリリースが続けば、モダンピアノによるソナタ全集の決定盤となるでしょう。もちろん評価は3曲とも[+++++]といたします。ピアノ好きな皆さん、必聴です。



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プロフィール

Daisy


Author:Daisy

ハイドン(Franz Joseph Haydn)の膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。私はなぜハイドンにはまったのか?

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ハイドン所有盤リスト
Joseph Haydn Discography
所有盤をジャンル別にリスト化しています。基本的に録音年順とし、録音年不明のものはリスト冒頭に記載。演奏者名はジャケットなどの表記に合わせています。

登録曲数:1,365
登録演奏数:11,529
(2019年3月31日)
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