【番外】没後20年武満徹オーケストラコンサート

TOWER RECORDS
2016年10月13日に東京オペラシティタケミツメモリアルホールで武満徹の没後20周年を記念して開催されたコンサートの模様をライヴ収録したSACD。曲目と演奏者はTOWER RECORDSから引用しておきます。
このアルバムはTOWER RECORDSがリリースする限定盤。TOWER RECORDSは廃盤になった旧譜などの復刻リリースも活発で目が離せませんね。【曲目】
1. 地平線のドーリア (1966)
2. 環礁 ― ソプラノとオーケストラのための (1962)
3. テクスチュアズ ― ピアノとオーケストラのための (1964)
4. グリーン (1967)
5. 夢の引用 ― Say sea, take me! ― 2台ピアノとオーケストラのための (1991)
【演奏】
オリヴァー・ナッセン(指揮)
クレア・ブース(ソプラノ) (2)、高橋悠治(ピアノ) (3,5)、ジュリア・スー(ピアノ) (5)東京フィルハーモニー交響楽団
この日のコンサートの模様は以前記事にしています。
2016/10/16 : コンサートレポート : 没後20年武満徹オーケストラコンサート(東京オペラシティ)
演奏内容などのレビューはコンサートレポートの方に詳しく記載してありますので、そちらをご覧ください。
このアルバムを取り上げたのは、プロダクションがあまりに素晴らしいから。
まずは録音ですが、これがライヴ収録だとは信じがたい精緻なもの。CDプレイヤーにかけて音が出た瞬間に空間に緊張感が漲り、鋭い音色の楽器が鮮明に定位します。これぞ武満。当日の演奏も十分精緻なものと聴こえましたが、録音でこれだけ精緻な音楽を味わえるとは思いませんでした。オリヴァー・ナッセンの振る東京フィルも録音で聴いても全く粗がありません。完璧です!
そして当日のプログラムからそのまま転載された武満徹の研究者である小野光子さんによる作品解説。この解説が非常にわかりやすい。これをそのまま掲載するのは英断ですね。そしてジャケット写真を見ていただければわかる通り、素晴らしいアートワーク。実にセンス良くまとめられ、この歴史的なコンサートにふさわしいプロダクションに仕上がっています。
このとおり、収録内容もアルバムの出来も大手レーベルの完全に上をいってますね。解説の英訳をつけることで、この日の素晴らしいコンサートの模様が全世界に伝えられやすくなるでしょう。
コンサートも貴重な体験でしたが、このアルバム、武満や現代音楽好きな方は必聴のアルバム。手に入れる価値は十分にあります。企画したTOWER RECORDSの中の人、アルバム制作に関わられた全ての人に感謝です。素晴らしい!


没後20年武満徹オーケストラコンサート(東京オペラシティ)

東京オペラシティ:没後20年武満 徹 オーケストラ・コンサート
日頃ハイドンばかり聴いていますが、武満徹も好きで、手元には30枚くら武満のアルバムがあります。一般的には武満などの現代音楽を好む人は少ないのでしょうが、夢千代日記の音楽などで武満の音楽の魅力は日本では割と知られているのではないでしょうか。その武満が亡くなったのが1996年2月ということで、今年は武満の没後20年に当たる年。そのアニヴァーサリーに、武満の名を冠した東京オペラシティのタケミツメモリアルホールで行われるということで、このコンサートの存在を知った4月にチケットを取ってあったもの。奏者も武満にゆかりのある人が揃い、指揮はイギリスの現代作曲家で武満の音楽に心酔し、武満のアルバムも多く残しているオリヴァー・ナッセン、ピアノには当初タッシなどで武満の音楽を好んで演奏していたピーター・ゼルキンが参加する予定だったものの、体調不良とのことで、こちらも縁のある高橋悠治が代役に入りました。オケは東京フィル。

いつものように仕事を早めに終えて、初台の東京オペラシティに向かいます。いつものように嫁さんが先に待っていてくれるはずでしたが、この日は嫁さんが出がけにばたついて珍しく財布とチケットを忘れたというメールが途中で入ります。これが歌舞伎でしたら入り口で告げるだけでちゃんと松竹の方で調べて何事もなく入れてくれるんですが、会場に向かう電車の中からメールでやり取りして、私の方のチケットに書かれているオペラシティのチケットセンターに嫁さんから電話を入れても、相手にしてくれないとのこと。仕方なくそのまま会場に向かうように告げ、会場で落ち合い、入り口の偉そうな方に相談すると、予約一覧をチェックの上、確認を取ってくれて事無きを得ました。この辺の対応は松竹とは大違い。歌舞伎のお客さんは高齢者が多いのでしょうから、チケット忘れなど日常茶飯事なのでしょうね。やはり民間の方がサービスが進んでいます。

会場に無事入れて嫁さんも一安心。いつものようにワインとサンドウィッチで軽く腹ごしらえ。今日はチケット忘れ騒動でばたついていたので、ワインが沁みます(笑)
この日のプログラムは以下のとおり。
地平線のドーリア(The Dorian Horizon for 17 strings)
環礁 - ソプラノとオーケストラのための(Coral Island for soprano and orchestra)
(休憩)
テクスチュアズ - ピアノとオーケストラのための(Textures for piano and orchestra)
グリーン(Green for orchestra)
夢の引用 - Say sea, take me! - 2台ピアノとオーケストラのための(Quotation of Dream - Say sea, take me! - for two pianos and orchestra)
もちろんオール武満プログラムで、この手のコンサートはお客さんの入りが良くないこともありますが、この日はほぼ満員。芸術文化振興基金助成事業ということでチケットが安かったのもあるでしょう。私に取っては好きな武満の特に1960年代の若い頃の挑戦的な作品が多い絶好のプログラム。
席について配られたプログラム冊子を読んでいると、この冊子が実によくできています。武満徹の研究者である小野光子さんによる作品解説が読み応えがあって素晴らしいもの。この解説一つでこの日の体験の深さが変わるだけの価値があります。
聴き慣れたこのホールの鐘の合図で開演時間となったことを知らせます。ステージ上には大オーケストラ用の楽器が配置される中、打楽器やピアノが脇に避けられ、中央に小編成のオケ用の椅子だけが並びます。
地平線のドーリア(1966)
最初は弦楽器だけの「地平線のドーリア」。オリヴァー・ナッセンの武満はDGからロンドン・シンフォニエッタのアルバムが何枚かリリースされているため、外人らしからぬ日本的に精緻なコントロールの行き渡った演奏をする人だとは知っていましたが、実演は初めて。超巨漢で脚が悪いのでしょう、杖をつきながらゆっくりと指揮台に登壇する姿は、想像とは結構違っていてビックリ。弦楽器は前後2群に別れて配置されます。ナッセンが体の大きさに比して非常に小さな指揮者用の椅子に腰掛け、タクトをすっと下ろすと、静寂の中から不協和音がさざめくように鳴り始めます。奏者が互いの響きを確かめながら進むように、それぞれが微妙なタイミングで音を響かせます。解説によると、音が方々から発せられ立体的に聴こえるように意図された、ドビュッシーの手法に影響されたものとのこと。絶妙な緊張感が漂いながら、弦楽器が弦楽器らしからぬ響きで空間を切り裂いていくように音楽が進みます。武満の響きに対する鋭敏な感覚が冴え渡る音楽。ヴァイオリンの高音は笙のように澄み渡り、コントラバスはザラついたただならぬ気配を発します。10分少しの曲ですが、いきなりホールが武満の音楽で包まれます。家に帰って若杉弘と読響による初演時の演奏を聴き直してみた所、若杉の演奏にはより日本的な、鉋をかけたてのヒノキの柱のような凛とした風情が感じられました。ナッセンの演奏はウェーベルンの延長のような、よりインターナショナルな響きを感じた次第。世界から見た武満のより普遍性を感じる演奏との印象を深くしました。
続いて今度は大オーケストラ用の曲に変わるため、舞台の座席を作り変えます。
環礁 - ソプラノとオーケストラのための(1962)
今度はソプラノやピアノ、打楽器群も加わります。ソプラノはイギリスのクレア・ブース(Claire Booth)で、今回が初来日とのこと。解説によると、武満が1961年に京都の苔寺(西芳寺)を訪ね、その回遊式庭園に啓示を受け1962年に作曲した曲とのこと。歌詞は詩人の大岡信に依頼した日本語のシュールレアリスティックなもの。5部構成で15分ほどの曲。
弦のさざめきから入るところは変わりませんが、すぐにピアノとパーカッションが加わり、武満らしいモノクロームなのに色彩感を感じるような独特の精妙かつ豊かな響きに包まれます。ウェーベルンの引用のように感じる部分と、武満独特の弦の深い響きの交錯。弱音の連続で緊張感が高まったところにピアノ、フルート、シロフォンやマリンバなどの響きでパッと色彩が加えられる独特の響き。第2部と第4部にソプラノが加わります。クレア・ブースはかなりの声量。日本語の歌詞は解説を見なければちょっと聞き取れませんが、音程の安定感、声の艶はなかなかで、適切な配役でしょう。実際の歌詞もメロディーも実にシュールレアリスティック。
前半は曲自体は正味25分程度ですが、曲感のオーケストラの席の配置替えにも随分時間がかかるため、特段短いと感じることはありません。むしろその間に解説などに目を通す余裕があって悪くありません。
休憩を挟んで後半に入ります。
テクスチュアズ - ピアノとオーケストラのための(1964)
ステージ中央にピアノが置かれます。ピアノは高橋悠治。解説によると36人ずつ2群に分けられたオーケストラとピアノのための作品で、奏者が一人一人個として織物を織るようにテクスチャーを構成することを求めたもの。この曲は1965年に国際現代作曲家会議で最優秀賞に輝き、武満が欧米で本格的に認められるきっかけとなった曲とのこと。ちょっとリゲティ風の宇宙空間の描写のように無限を感じさせる場面がある一方、個と群を意識させ、喧騒と静寂を行き来、高橋悠治のピアノの強打音が散りばめられ、弦も管も入り乱れて混沌とした音の塊が飛び交うような強靭な音楽。終盤の澄んだ弦の響きがすっと消え入り終了。8分くらいの小曲ですが、武満らしい透明な響きの魅力を存分に味わえる曲でした。ナッセンは相変わらず、精緻ながら非常にしなやかな音楽を繰り出します。
グリーン(1967)
この曲は有名なノヴェンバー・ステップスの続編として、作曲時は「ノヴェンバー・ステップス第2番」と題されていたが、その後「グリーン」へと改題されたとのこと。また、指揮者のナッセンが1960年代に武満の音楽を知り、中でもこの「グリーン」に惹きつけられ、その後武満と親交を結ぶまでになったきっかけとなった曲とのこと。手元にはロンドン・シンフォニエッタの自主制作盤で武満の曲を集めたアルバムがありますが、そこにも最初にこのグリーンが収録されており、ナッセンのお気に入りだということがわかります。50年代から60年代初頭までの前衛的な作風から、少し叙情的なメロディーが含まれるように変化してきました。ナッセンの演奏もニュートラルなオーケストラの響きの魅力に溢れたもの。帰ってから先のアルバムを聴いてみた所、まさにコンサートの演奏と非常に近い柔らかな響きに包まれた素晴らしい演奏。過度に日本を意識することなく響きの純度を高めて行った先にある究極のニュートラルさにたどり着いたような素晴らしい録音に、コンサートの情景が重なりました。
後半に入っても曲ごとにステージ上の座席配置を大きく変更することは変わりませんが、最後の曲はピアノが2台となり、2台目のピアノをステージ脇から中央に配置します。2台のピアノと大オーケストラの配置は壮観。ピアノは高橋悠治と台湾出身のジュリア・スー(Julia Hsu)。
夢の引用 - Say sea, take me! - 2台ピアノとオーケストラのための(1991)
このコンサート最後の曲。この曲のみ1990年代の曲。バービカンセンターとロンドン交響楽団の委嘱により作曲された曲。初演はマイケル・ティルソン・トーマス指揮のロンドン交響楽団の演奏で、ピアノを今回来日するはずだった、ピーター・ゼルキンとポール・クロスリーが担当していました。この曲の世界初録音はナッセンとロンドン・シンフォニエッタで、同じくピーター・ゼルキンとポール・クロスリーでDGからリリースされており、手元にもあります。
ピアノの印象的な響きから始まる曲。途中、夢千代日記の音楽の一部やドビュッシーの「海」やの一部がコラージュのように散りばめられたり、解説によると武満自身の作品からの引用もされているとのこと。60年代の緊張感溢れる音楽からは大きく変化し、ゆったりとした色彩感に溢れた見事なオーケストレイションが聴きどころの曲。千変万化する魅力的な響き、そしてドビュッシーの断片が泡沫のように浮遊する心地よい音楽。ナッセンは適度にオケを引き締めながらも、独特のニュートラルな響きで武満の作品をさらに魅力的に響かせていました。ピアノの高橋悠治もジュリア・スーも録音よりもオケに埋もれがちでしたがきらめくようなピアノの美音を置いていき、まるで響きに宝石をちりばめていくよう。まさに「夢の引用」とのタイトルにぴったりな演奏でした。
もちろん、素晴らしい演奏に会場からは万雷の拍手が降り注ぎ、ナッセンは脚が悪いのに何度もステージに引き戻されていました。オケの東京フィルも素晴らしい集中力。数カ所ホルンの音がひっくり返ったところがあったくらいで、あとは完璧。特にコンサートマスターを中心に弦楽セクションの表現力は見事でした。ナッセンもオケの好演に満足気な表情を浮かべていました。現在武満を演奏する理想的なメンバーによる素晴らしいコンサートでした。普段もちろん武満など聴かない嫁さんも満足げ。チケット騒動のことも忘れてコンサート後の余韻を楽しみました。

(参考アルバム)

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帰りは、近くの参宮橋駅まで10分ほど歩いて、以前から気になっていた駅前のお店で反省会を兼ねた夕食をとりました。

LIFE son
以前テレビで取り上げていたのを見て、気になっていたお店。オーナーが好きなことをやり続けるために、営業時間や競合などにこだわらず一本筋の通った運営を続けるお店。イタリアン風ですが、メニューも個性的でなかなかいいですね。

グラスワインはフレンチ中心。オーガニックのすっきりしたところを揃えていて、セレクトも悪くありません。

コンサート後ということで入ったのは9時半すぎ。10時ラストオーダーということで、頼んだのはサラダとパスタ2皿。パスタは手打ちパスタが名物ということで見本を前に丁寧に説明してくれました。

こちらは山のサラダ。こちらも名物とのこと。

こちらはうさぎ肉のラグー。麺はタリアテッレをセレクト。

こちらは鴨とごぼうの赤ワイン煮込みに赤い手打ちパスタを合わせました。どちらも手打ち麺の適度なもちもち感と優しい味付けですっきり系のワインと相性ピタリ。コンサート後の反省会にぴったりということで、今後も寄らせてもらいそうです。


弦楽四重奏曲の誕生
情勢もなんとなく見えてきたので、チャンネルをまわしていると、教育テレビでN響アワー。武満徹の特集でした。特にデュトワの指揮の「系図-若い人たちのための音楽詩」がすばらしかった。手元にある小澤征爾盤よりもキレがいい感じでしたね。小澤盤と同じ遠野なぎこ(小澤盤は遠野凪子との表記)の語りと御喜美江のアコーディオン。
やはり武満はいいですね。日本人の心に刺さります。
小澤盤を紹介しておきましょう。

さて、世界の人の心に刺さるハイドンのアルバムですが、今日は先日twitterで教えてもらったアルバムがHMV ONLINEで到着。

http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=3739979
このアルバムのタイトルがまたイケてます。Birth of the String Quartet、すなわち弦楽四重奏の誕生というタイトル。
弾いているのはカザル四重奏団という若手の団体。
カザル四重奏団のウェブサイト
収録曲目は次の通り。すべて弦楽四重奏曲。
スカルラッティニ短調(1715年)、サンマルティーニト長調(1740年頃)、モーツァルトKv80ト長調(1770年)、ボッケリーニOp.2/1ハ短調(1761年)、そしてハイドンはOp.9のNo.4ニ短調(1769年)
聴きすすんでいくにつれて、弦楽四重奏曲の構成が緊密に。ハイドンの天才が弦楽四重奏の歴史のパースペクティブ上に浮き上がってくるという好企画。すばらしい企画意図です。
企画もの好きの私のコレクション欲を満たす逸品。
ハイドンの演奏は古楽器によるもので、若さが前面に出た溌剌とした演奏。ハイドンの初期の短調の曲特有のほの暗い陰のあるメロディーをうまく表現できていると思います。張りつめた弦の響きが心地よく、各楽器の織りなすメロディーの対話が緻密です。
このアルバムのもうひとつの魅力はジャケットの丁寧なつくり。いつものB級デザイン乗りではなく、きちんとデザインされたプロダクツとして、よく出来ています。楽器の写真をあしらった垢抜けたデザインで、このアルバムの好企画を支えています。
さてさて、今晩はワールドカップの決勝戦。起きて観るまで元気はありませんが、タコのパウル君の予想通り、スペインに軍配があがりますかどうか。個人的にはオランダ応援です。つまりパウル君の予想ははずれるとの大胆な読み。
はたしてどうなりますやら。(笑)
tag : 弦楽四重奏曲Op.9 現代音楽 武満徹 古楽器