アマティ四重奏団のOp.50

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アマティ四重奏団(Amati Quartett)によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.50のNo.5「夢」、No.4、No.6「蛙」の3曲を収めたアルバム。収録は1995年2月12日、13日、26日、チューリッヒのラジオスタジオでのセッション録音。レーベルはレーベルはスイスのDIVOX。
先日取りあげたOp.77の記事はこちら。
2012/03/09 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : アマティ四重奏団のOp.77
Op.77のほうは1988年の録音で、今日取り上げるアルバムの7年前の録音。メンバーを確認したところ第2ヴァイオリンとチェロの2人が入れ替わっています。
第1ヴァイオリン:ウィリィ・ツィマーマン(Willi Zimmermann)
第2ヴァイオリン:カタルツィナ・ナヴロテク(Ktarzyna Nawrotek)
ヴィオラ:ニコラス・コルティ(Nicholas Corti)
チェロ:クラウディウス・ヘルマン(Claudius Herrmann)
クァルテットにとってメンバーの入れ替わりは大きな影響があるはずですので、このアルバムの出来もOp.77のような素晴らしいキレが聴かれるでしょうか。
Hob.III:48 / String Quartet Op.50 No.5 (II:"Der Traum" 「夢」) [F] (1787)
この曲は前記事で取りあげたばかり。前記事で取りあげたプラジャーク四重奏団が木質系のざらっとした響きだったのに対し、アマティ四重奏団は艶やかな響きで流麗さが際立ちます。中庸なテンポでちょっと溜めをともなった演奏。ハイドンの独創的な曲を一歩離れてコミカルに描くようなスタンス。これは見事。ヴァイオリンのキレも素晴らしいものがあります。
夢のような2楽章はアマティ四重奏団の流麗さが際立ちます。フレーズ間の間をしっかりとって、1フレーズごとに慈しみながら演奏するようです。
3楽章も金粉入りの清流のような艶やかに輝く絶妙な響き。自然でありながらも怪しく艶めくメロディーライン。ハイドンの創意にあらためて驚く一方、アマティ四重奏団の完璧な演奏も唸らんばかり。
フィナーレは八分の力ながら絶妙なデュナーミクのコントロールでハイドンの素晴らしいメロディーと展開に圧倒されます。力感と抑制との高度なバランスで、メリハリも十分。1曲目から見事な演奏。
Hob.III:47 / String Quartet Op.50 No.4 [f sharp] (1787)
つづいて、No.4。ハイドンの弦楽四重奏曲のポイントをドンピシャリで押さえ演奏。短調の影のある響きから、明るさを取り戻して推進力溢れる展開に。この力みのないキレの良さがアマティ四重奏団の真骨頂ですね。ウィリィ・ツィマーマンのヴァイオリンはクッキリと浮かび上がる線のはっきりした演奏。
2楽章のアンダンテはチェロのクラウディウス・ヘルマンが図太い響きで演奏を引き締めます。チェロの胴鳴りがずばらしい迫力。このチェロとクッキリとしたヴァイオリンのコントラストが見事。
メヌエットは語りかけるように訥々とした演奏。ちょっとした溜めが心地よく、また力みなく軽々と演奏することで曲の軽やかさが際立ちます。リズミカルにフレーズを刻みながらも自在な弓さばきで変化に富んだ演奏。
フィナーレは短調のメロディーから入るフーガ。刻む音符の速さと延ばす音の対比が鮮明なのがキレの良さの秘訣でしょうか。軽々と演奏するようなスタンスは変わらず、余裕たっぷりの演奏に感じます。最後は迫力も感じさせてフィニッシュ。この曲も見事。
Hob.III:49 / String Quartet Op.50 No.6 "Frosch" 「蛙」 [D] (1787)
最後は名曲「蛙」。この出だしのメロディーはいつ聴いても見事。アマティ四重奏団の軽い弓運びで流れるような演奏。クッキリとしたヴァイオリンをはじめとして4本の弦楽器が緊密に絡み合いながらも全体として非常に鮮明な音楽を構成。1楽章の構成感を見事に表現。各楽器ともメリハリが非常にはっきりとつけたられているのに不自然な感じが一切せず、間もしっかりとっており、素晴らしい立体感。彫刻的なクリスタル細工のような趣。ここでもチェロの太い音色が魅力。
2楽章はゆったりとしながらもしっかりとメロディーを奏で、情感の濃い演奏。ヴァイオリンが糸を引くような見事な演奏。メロディーが展開、転調しながらじっくりと曲の深みへ誘導していきます。
3楽章も間と全奏の対比が見事。そして蛙の名前の由来となったフィナーレ。前記事のプラジャーク四重奏団がバリオラージュ奏法の面白さに焦点を合わせた演奏だったのに対し、アマティ四重奏団はバリオラージュかどうか良く聴かないとわからないような曲の流れを重視した演奏。音楽的にはこちらの方がこなれています。完全に楽譜を掌握して自分たちの音楽としてこなしており、その音楽の説得力は揺るぎないもの。大きな力感の波が次々と襲ってくるような素晴らしい構成感。3曲とも素晴らしい演奏でした。
アマティ四重奏団によるOp.50の後半3曲を収めたアルバムは、このクァルテットの美点がきっちり表現された素晴らしい演奏。奏者の素晴らしいテクニックと、クァルテットとしての音楽のまとまりが見事で、非常に聴き応えある演奏。現代楽器によるオーソドックスな演奏と言いたいところですが、フレーズをクッキリ描く力と間の使い方の上手さ、クッキリしたヴァイオリンの核にした音楽的まとまりは秀逸。評価は全曲[+++++]とします。以前取りあげたアルバムを聴くまでその存在を知らなかったアマティ四重奏団ですが、メンバーが変わってもその素晴らしさは維持しているようですね。
よく調べたら、このアルバムと以前取りあげたOp.77の他にOp.50の前半3曲を収めたアルバムも存在するようです。これまでの2枚の出来が出来だけに手に入れないわけにはいかないでしょう。捕獲に入ります。
tag : 弦楽四重奏曲Op.50 夢 蛙
プラジャーク四重奏団のOp.50(ハイドン)

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プラジャーク四重奏団(Pražák Quartet)の演奏によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.50のNo.3、No.5「夢」、No.6「蛙」の3曲を収めたアルバム。収録は収録順に、2009年6月24日、2009年11月23日から24日、2009年10月20日から21日、プラハのドモヴィア・スタジオでのセッション録音。レーベルはPRAgA Digitals。このレーベルはharmonia mudi系列のようですね。
プラジャーク四重奏団は1972年の結成。メンバーは当時のプラハ音楽院の学生。1974年のチェコ音楽年にプラハ音楽院室内楽コンクールで第1位となり、1975年プラハの春音楽祭に出演し国際的に活躍するように。1978年にはエヴィアン弦楽四重奏コンクールで1位に輝いた他、チェコ国内の様々なコンクールで入賞。以後30年以上にわたり世界で活躍を続けている。
この録音当時のメンバーは下記のとおり。
第1ヴァイオリン:ヴァーツラフ・レメシュ(Václav Remeš)
第2ヴァイオリン:ヴラスティミル・ホレク(Vlastimil Holek)
ヴィオラ:ヨセフ・クルソニュ(Josef Klusoň)
チェロ:ミハル・カニュカ(Michal Kaňka)
この録音のあと、第1ヴァイオリンのヴァーツラフ・レメシュが体調の問題で演奏が難しくなり、現在はパヴェル・フーラが第1ヴァイオリンを担当しているとのこと。
Hob.III:46 / String Quartet Op.50 No.3 [E flat] (1787)
鮮度の高い響きから入る1曲目。SACDらしい響きを多く含みながらもリアリティの高い音響。弾む感じが上手く出ていて古楽器に近い響き。テンポは中庸ながら良く弾み、活気のある演奏。ところどころほんの一瞬音程のぶれを感じる瞬間がありますが、安定感が悪いほどではありません。
2楽章のアンダンテはチェロのキリッと締まったリズムを基調に各楽器が絡み合う音楽。ここにきてこのクァルテットの癖のない素直な演奏と木質系の爽やかな響きの魅力が見えてきました。チェロの清透な響きはなかなかのもの。ヴァイオリンは自在に音階を刻み、それぞれの楽器が絡み合いながら音楽を豊かにしていく感じがこの楽章の聴き所。
メヌエットは良くそろって、理想的な演奏。爽やかさは相変わらずで、各楽器間のバランスも拮抗しており、ヴァイオリン主体の演奏ではありません。むしろチェロとヴィオラ主体といってもいいほどの低音部の充実が物語るように、音楽のベースがしっかりと定まった演奏。
フィナーレも軽々とした弓運び。ここにきてヴァイオリンの音色の美しさも目立ち始めます。音楽のつくりは濃い踏み込みもないかわりに、軽々としたタッチが魅力の爽やか勝負の演奏。このスタイルがハイドンのこの時期の堅実な音楽には妙にマッチしています。1曲目でクァルテットのイメージがだいぶつかめました。
Hob.III:48 / String Quartet Op.50 No.5 (II:"Der Traum" 「夢」) [F] (1787)
前曲同様響きの美しさ、タッチの軽快さが聴き所ですが、1楽章から音楽の凝縮感も高まり、前曲より明らかにテンションが高まっているのがわかります。鬼気迫る感じも良く出ていて、勝負に出ていることが窺えます。音楽のキレも明らかに良くなり、聴き手にもその迫力が伝わります。久しぶりに聴くこの曲ですが、プラジャーク四重奏団で聴くと素晴らしい充実ぶりにあらためて驚きます。
2楽章はまさに夢を音楽したような曲。夢うつつにまどろむひと時を音楽にしたらこのような音楽になるのかと思うような曲。1楽章のテンションから一転して優しいタッチで奏でるうわごとのような音楽。この辺りの対比も素晴らしい音楽性です。
3楽章はヴァイオリンの美しいソロから全奏までのダイナミックさが聴き所。全奏後の響きの消え入る様子が見事。録音のよさが演奏にもプラスになっています。ここでもチェロの雄弁さが耳に残ります。
フィナーレはヴァイオリンが珍しくかなりの存在感でアンサンブルをリードします。1楽章のテンションを思い起こさせる充実した響き。転調して展開するあたりの迫力はかなりのもの。この曲は力感溢れる演奏。
Hob.III:49 / String Quartet Op.50 No.6 "Frosch" 「蛙」 [D] (1787)
好きな曲の一つ。この不思議な曲想の曲を、プラジャーク四重奏団独特の美しい木質系の響きで流麗に描いていきます。少しずつ響きの異なる各楽器のが畳み掛けるようにフレーズをつないでいく感じの面白さ。前曲のテンションから幾分落ち着き、音楽の流れもフレーズ感で一服するようなところがあり、勢いよりも流れの良い構成を表そうと言う意図を感じます。抑えた部分のデリケートさもいい感じ。
この曲の2楽章も面白い曲想。うら悲しくもあり冷ややかでもある不思議なメロディーをベースに変奏を重ねていきます。ここは繊細さが聴き所。
メヌエットは前曲までの覇気と推進力ではなく、ここでも繊細さで聴かせるもの。曲によってかなりアプローチをを変えているようですね。強奏部分もフルスロットルになりません。
フィナーレは蛙の鳴き声を連想させるバリオラージュという奏法から入ります。同じ音を解放弦と同じ音を指で押さえた隣の弦で繰り返し惹く奏法。このバリオラージュ奏法による特徴的なメロディーをベースにしてメロディーを発展させるハイドン独特の機知と独創性を感じる曲。この曲では一貫して冷静にデュナーミクをコントロールして、曲の面白さにスポットライトを当てようと言う事でしょうか。
はじめて聴いたプラジャーク四重奏団のハイドンのOp.50からの3曲。癖のない演奏で木質系のいい響きが楽しめるいいアルバムです。基本的にタッチの軽さと明るいのに燻したような深みのある響きでハイドンの晴朗さを描く感じで、ハイドンの曲の面白さを上手く表す演奏です。評価は「夢」がやはり他とは違う出来で[+++++]、他の2曲が[+++]としました。
いやいや3月は年度末ということもあり、仕事が思いのほか忙しくレビューが思い通り書けませんでした。明日は一本書いてから月末恒例のHaydn Disk of the Monthといきたいと思います。
tag : 弦楽四重奏曲Op.50 夢 蛙 SACD
【新着】アマリリス四重奏団の「夢」「騎士」

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アマリリス四重奏団(Amaryllis Quartett)の演奏でハイドンの弦楽四重奏曲Op.50のNo.5「夢」、Op.74のNo.3「騎士」、その2曲の間にヴェーベルンの弦楽四重奏のための5つの楽章Op.5の3曲を収めたアルバム。収録は2010年10月23日、2011年4月27日から29日、ドイツ、ハンブルクのアルベルト・シュバイツァー体育館の講堂でのセッション録音。
HMV ONLINEの紹介記事によると、このアルバムはこのクァルテットのデビュー盤のようですね。デビュー盤にハイドン2曲と間にヴェーベルンをもってくるあたり、ただならぬ気迫を感じます。
アマリリス四重奏団はバーゼルでヴァルター・レヴィン、ケルンでアルバン・ベルク四重奏団などに師事し、2011年イタリアのレッジョ・エミリアで行われたパオロ・ボルチアー二・コンクールで1等なしの2等になり、またその直後に第6回メルボルン国際室内楽コンクールで優勝し国際的に注目されるようになったクァルテット。このアルバムはそれらの表彰の直前に録音されたデビュー盤ということで、このクァルテットの今後を占うアルバムと言えるでしょう。
メンバーは下記のとおり。
第1ヴァイオリン:グスタフ・フリーリングハウス(Gustav Frielinghaus)
第2ヴァイオリン:レナ・ヴィルト(Lena Wirth)
ヴィオラ:レナ・エッケルス(Lena Eckels)
チェロ:イヴ・サンド(Yves Sandoz)
このクァルテットのウェブサイトがありましたので紹介しておきます。
Amaryllis Quartett(独文・英文)
Hob.III:48 / String Quartet Op.50 No.5 (II:"Der Traum" 「夢」) [F] (1787)
語りかけるようなこの曲の曲調を踏まえた、とぎれとぎれな感じを残しつつ、現代的なシャープさとダイナミックレンジの大きな演奏。鋼のような強い響きをもちながら、それをたまにしか見せず、不気味な迫力をも感じさせる演奏。テクニックは素晴らしいものがあります。ハイドンの弦楽四重奏曲としては異例のダイナミックさ。ポイントは強音ではなく、強弱の対比と溜め。
2楽章はヴェーベルンばりの現代風にシャープに切れ込んで来るのかと思いきや、意外と普通の演奏。筆の動き自体の意外性が特徴の書のような自在なフレージング。やはりアプローチは斬新ではありますが、この曲の2楽章の真髄をついているかと言うと、少し若さが出ているかもしれません。
3楽章にきて、このクァルテットの狙いが見えたような気がします。1楽章同様フレーズごとの表情と音量の対比、自在なフレージングとハイドンの曲を解体して再構成するような意欲的な表現。クレーメルのようなアプローチですが、クレーメルほどの冷徹さとカミソリのような切れ味ではなく、程良い楽天性があり、それがハイドンをデビュー盤に選んだ所以なのかも知れません。
フィナーレは、鋭さと鮮烈さを強烈に印象づける演奏。録音のせいか、ヴァイオリンが鋭さを帯びた鋭角的な音で、逆にチェロ、ヴィオラは音量を抑え気味のバランス。最後はきっちりしめて終了。
間にはさまったヴェーベルンで脳を初期化。ヴェーベルンはこのクァルテット特徴である鋭さがかなり目立つ演奏。かなり迫力を感じる演奏ですが逆に抑えたほうが前衛性が良く出るのではと感じました。ヴェーベルンは好きな作曲家ですが、いろいろな演奏を聴き込んでいる訳ではないので、ご参考まで。
Hob.III:74 / String Quartet Op.74 No.3 "Reiterquartetett" 「騎士」 [g] (1793)
聴き慣れた騎士の導入部のメロディー。オンマイクでかなり近くに定位するダイレクトな音像。やはりフレーズごとのメリハリをかなり効かせての演奏。特にヴァイオリンパートの切れ味はなかなかのもの。フレーズごとにテンポや間の対比を凝らして変化をつけます。聴き慣れた騎士のメロディーが新鮮に響きます。
2楽章は流麗緻密な演奏が定番ですので、このクァルテットがどう来るか興味津々。独特のメロディー自体を聴かせるというアプローチはとらず、曲の合間に抑えた弓の表現の練習のような風情。この辺の曲に対する独特の視点の存在がこのクァルテットの真骨頂でしょう。最後の抑えた表現も秀逸。
3楽章のアレグレットはこのアルバムのなかでは比較的オーソドックスな方。それでもかなりの起伏とフレーズ感の対比。普通だともうすこし流麗な方向かリズミカルな方向に振れるのでしょうが、そのどちらでもなく現代音楽風の緊張感に包まれた演奏。
フィナーレも自在なフレージングが健在。速い音階の部分はキリッとエッジを立ててクッキリと旋律を表現していきます。軽い弓さばきでスピーディに騎士のフィナーレをどんどん進めていく感じです。このフィナーレは4人のテクニックが遺憾なく発揮されています。
新進気鋭のアマリリス四重奏団のデビューアルバムは、これまでのハイドン演奏史に一石を投じようとした渾身の演奏。鋭い音色とコンセプチュアルなアプローチ、そしてハイドンにヴェーベルンを挟むと言うプログラミングと個性的なプロダクションとなりました。演奏はレビューに記載したとおり現代感覚溢れるものでしたが、逆にこれまで幾多のクァルテットが表現したハイドンの素朴な良さ、音楽の豊かさというものの良さを引き立ててしまったかもしれません。プロダクションとしての創意、企画は買いですが、演奏には、今後の音楽的成熟の余地があるということで、ハイドンの両曲は[++++]とします。今後のアルバムが楽しみなクァルテットでもありますね。
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