綿谷優子の初期ソナタ集(クラヴィコード&ハープシコード)

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綿谷優子のクラヴィコードとハープシコードによるハイドンの初期ピアノソナタ集。ごく初期のソナタ18曲を収めた2枚組のアルバム。収録は2001年6月、ベルギーのブリュッセル北西50kmほどのところにあるヘントのギルバート・スターボート(Gilbert Steurbaut)スタジオでのセッション録音。レーベルはベルギーのPAVANE RECORDS。
綿谷優子さんは桐朋学園大学ピアノ科卒のフォルテピアノ、クラヴィコード、オルガン奏者。1980年頃より国内外の演奏家らとの室内楽のを中心に演奏活動を活発に行い、その後、ベルギー王立ブリュッセル音楽学院で、ロバート・コーネン、アラン・ジェームスらにハープシコードの演奏を学び、1992年、同学院にて最高栄誉賞付ソリスト・ディプロマの学位を取得しました。以降、ベルギーを中心に演奏活動を続けている人。この方、かなり膨大なコンテンツのあるウェブサイトを運営されていますので紹介しておきましょう。
Yuko Wataya チェンバロ・クラヴィコード・ピアノフォルテ・オルガンへの招待
ウェブ草創期の香りの残るテキスト中心のサイト。構成がかなり入り組んでいて読むのに苦労しますが、いろいろなことがそこここに書き連ねてあり、必要な人には実に貴重な情報があるかもしれません。ハイドンに関する文献の訳もかなりの量が掲載されています。私は独特の視点の「綿谷優子のベルギー日記帳」(サイトのトップのWhat's New)をしばらく読みふけってしまいました。
さて、今日取り上げるこのアルバムですが、ポイントはクラヴィコードとハープシコードで弾き分けた初期のソナタがいかほどの完成度に仕上がっているかと言う事でしょう。このアルバムのCD1から何曲か取りあげましょう。
使用している楽器は次のとおり。
クラヴィコード:Jean Tournay(1994) after Hieronymus Haas, 1751(Christopher Hogwood Collection)
ハープシコード:Ivan de Halleux(2000) after Pascal Taskin, 1770(Yale Collection)
Hob.XVI:G1 / Piano Sonata No.4 [D] (before 1760)
最初はクラヴィコードの演奏。クラヴィコード独特の雅な音色。実際は音量はかなり低いものでしょうが、録音上はうまく処理して音量が気にならないよう後につづくハープシコードの音量とバランスがとられています。演奏は楽譜に忠実に淡々と弾き進めるもの。実に誠実かつ穏当な印象。良く聴くとフレーズごとに実にきめ細やかな表情付けがされ、クラヴィコードの繊細な響きを微妙に変化させ、大人しいながらも豊かな音楽をつくっていきます。クラヴィコードの演奏に見られる不安定さは微塵もなく、楽器のダイナミクスの範囲を巧く使って、非常に安定した演奏。音楽が淀みなく流れ、非常に豊かな気持ちにさせられます。鍵盤を打鍵するエネルギーのようなものがうまく録られ、間近で演奏しているように聴こえるなかなかの録音。ハイドンのごく初期のソナタの素朴さとクラヴィコードの音色がマッチしてえも言われぬ雰囲気です。
Hob.XVI:11 / Piano Sonata No.5 [G] (1750's)
この曲もクラヴィコードでの演奏。1楽章はリズムの面白さを活かした曲ですが、演奏の基本は前曲と変わりません。演奏の安定度は抜群で、曲ごとのムラはほとんどない、というかなかなかの集中力だと思います。クラヴィコードの音色、音量に慣れてくると、その中で起こる音楽のドラマに集中できます。やはり淡々と流れる音楽の深さがわかってきます。実に優雅な時間。クラヴィコードの魅力にすっかり打たれます。
Hob.XVI:10 / Piano Sonata No.6 [C] (before 1760)
クラヴィコードの演奏。ハイドンの時代にタイムスリップしたような気持ちになります。頭の中ではピアノの輝かしい音色の響きも鳴り響きますが、クラヴィコードで聴くこの曲は、メロディーの面白さがかえって引き立ちます。楽器の音色とメロディーが実によくマッチしています。綿谷さんのクラヴィコードの演奏は、実に素朴で、個性的と言う訳ではありませんが、曲のメロディーが活き活きと鳴り響く、実に玄人好みの演奏。穏やかな音楽の景に安定した技術と精神があるものと思います。
Hob.XVI:8 / Piano Sonata No.1 [G] (before 1760)
1曲飛ばして、こんどはハープシコードでの演奏。突然世界が変わったようなハープシコードのクリアな響き。曲と楽器の組み合わせには考えがあるのでしょう。音量や響きの美しさの聴き所が変わり、もちろん楽器の表現の幅も広がり、ハープシコード独特の金属っぽい響きによって、ハイドンのソナタがまったく別の表情を見せます。演奏の基本は楽器が変わってもやはり一貫しており、淡々と音を重ねて、深遠な世界を描いていきます。小手先の表現は最小限で、音をかさねていくことで描かれる大きな表情に神経が集中しているようです。ちょうどクイケンの指揮のハイドンの演奏と音楽の造りがにています。
時間の関係で、4曲をさらっと取りあげましたが、綿谷優子さんの演奏によるハイドンの初期ソナタ集は日本人らしい、岩清水のような清澄さと、鉋を掛けたての檜の柱のようなしなやかな表情が特徴の演奏でした。実に淡々と演奏を進めるなかに、音楽的な深みもあり、地味な演奏と聴く方もいらっしゃるかもしれませんが、私は非常に気に入りました。ハイドンの曲からバッハのような深遠な雰囲気すら感じる瞬間があります。クラヴィコードとハープシコードでハイドンの曲の魅力を双方から浮かび上がらせるというアルバムの企画も冴えています。評価は全曲[+++++]とします。入手は容易そうですので、ハイドンの初期ソナタの古楽器による演奏の入門盤、そしてクラヴィコードの音色を味わうアルバムとしてもオススメです。


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