【新着】モリッツ・エルンストのピアノソナタ全集第1巻(ハイドン)

久々にCDに戻ります。ちょっと気になっていたアルバムが到着しました。

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モリッツ・エルンスト(Moritz Ernst)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ全集の第1巻で、6曲のソナタ(Hob.XVI:7、XVI:8、XVI:35、XVI:36、XVI:37、XVI:49)が収められたアルバム。収録は2015年、バイロイトにあるピアノメーカー、シュタイングレーバー&ゼーネ社(Steingraeber & Söhne)の室内楽ホールでのセッション録音。レーベルはPerfect Noiseという不思議な名前のレーベル。

最近リリースされたこのアルバム。タイトルにJoseph Haydn Complete Sonatas Vol.1との記載があり、気になっていたもの。ピアニストもレーベルも全く未知のものでしたので、まずは当ブログが取り上げないわけにはいかないとのことで注文を入れていたもの。到着して手に取ってみると、まずは未知のレーベルながらなかなかセンスのいい造りで一安心。ライナーノーツに目をやると、ドイツのワーグナーの聖地バイロイトにあるピアノメーカーのシュタイングレーバー&ゼーネ社のピアノでの録音とのこと。ハイドンのソナタの録音はスタインウェイが多いのはもちろん、ウィーンのベーゼンドルファーによるものや、最近ではジャン=エフラム・バヴゼが日本のヤマハで全集の録音を進めています。変わったところでは、アンジェラ・ヒューイットがイタリアのファツィオーリを弾いて録音を残しています。が、このアルバムで弾かれているシュタイングレーバーは初めて聴くもの。ピアノの楽器に詳しいわけではありませんが、ちょっと珍しい選択でしょう。気になったのでシュタイングレーバーについてちょっと調べてみました。

Steingraeber & Söhne(日本語)

メーカーのウェブサイトには日本語のページも用意され、リンクされているPDFにもちょっと怪しげな訳ではありますが日本語の解説がつけられています。創立は1852年とハイドンが生きていた時代で、シュタイングレーバー家による家族経営の小規模なピアノメーカーのようですが、リリースされているモデルは多岐にわたり、有名なピアニストにも愛用者がいるようです。このアルバムでもハイドンのソナタ全集を録音するにあたり、このピアノを選んだ理由はライナーノーツにも記載されていませんので、音色で確認するしかないでしょう。

奏者のモリッツ・エルンストは1986年、ドイツの押すとヴェストファーレン地方で生まれたピアニスト、チェンバリストでヨーロッパでは広く活躍している人のよう。特に現代音楽を中心に活動してきたようで、これまでにリリースされたアルバムは現代ものが多いですね。

Moritz Ernst

このアルバム、ハイドンのピアノソナタ全集を標榜するだけあって選曲もなかなか考えられています。初期のソナタ、中期のソナタ、晩年のソナタをうまく配置した選曲。さて、肝心の演奏、そしてシュタイングレーバーによる響きは如何なものでしょう。

Hob.XVI:7 Piano Sonata No.2 [C] (before 1760)
比較的狭い空間で残響共々とらえた録音。少し遠くにピアノが位置するワンポイント録音のような感じ。もちろん現代ピアノなんですが、ちょっと古めかしい印象もある独特の音色。これがハイドンのソナタに合いますね。最初は非常に短い曲ですが、エルンストの演奏はかなり客観的に主情を廃した演奏。演奏のスタンスとしてはオルベルツに近いかもしれません。現代音楽を得意としているだけにタッチは正確で、初期のハイドンのソナタをまるで慣らし運転のようにさらりとこなします。

Hob.XVI:8 Piano Sonata No.1 [G] (before 1760)
中音域の独特の音色がシュタイングレーバーの特徴でしょうか。この曲でもさらりとしたタッチでハイドンの諧謔的なフレーズを冷静に展開していきます。まるで練習曲をさらりとこなすようなスタンスのエルンスト。この初期の曲にはこのようようなスタンスがふさわしいのでしょう。少し表現が踏み込んでくるのが2楽章のメヌエット以降。メヌエットからアンダンテの穏やかな表情への変化はなかなかのもの。そして転がるような終楽章へ。ハイドンの音楽に潜む機知をしっかりと汲みとります。

Hob.XVI:35 Piano Sonata No.48 [C] (c.1780)
中期のソナタに入ります。速いパッセージの入りはスタインウェイでの華麗な響きに慣れていますが、このシュタイングレーバーの家庭的な響きで聴くと、ソナタ自体が身近な存在に聞こえます。もちろんエルンストの指は軽やかに回り少しの破綻も見せません。それどころ左手のアクセントの力強さはかなりのもの。なんとなくもう少し聴きどころを作った方が良さそうとは思いながらも、さらりとしたタッチで押し通します。2楽章に入ると少しくつろぎながらくっきりとメロディーラインを浮かび上がらせ、音楽の琴線に触れるようになります。全集を一定の水準で統一感を持たせようとしている中での、しっかりと盛り上げる聴きどころも必要ですね。エルンストの手の内がだんだんわかってきました。フィナーレはまたさらりとこなします。ハイドンの演奏に必要な軽さをしっかりと表現できています。

Hob.XVI:36 Piano Sonata No.49 [c sharp] (before 1780)
あえて少しリズムを重くしたのでしょう。ゴリっとした感触の印象的な入りはなかなかの迫力。基本的に一定のスタンスによる安定した演奏ながら、曲ごとに少しづつ表情をつけてきます。さっと音量を落とした直後のアクセントなどエルンストならではの個性的な表現もちりばめます。この曲ではリズムもテンポも自在に操ることで曲の面白さをうまく引き出しています。2楽章のスケルツァンドも自在なタッチでハイドン独特のメロディーをアクロバティックに再構成。そして短調のメヌエットもどこか冷静な視点でさらりとこなします。この冷静さはどこかに現代音楽の演奏に通じる視点を持っているよう。

Hob.XVI:37 Piano Sonata No.50 [D] (c.1780)
聴き慣れた曲ですが、ピアノの音色が異なるのと、エルンスト流のクールさ、現代性で新鮮な響きを作っています。ここにきてリズムもタッチも少しづつ思い切った表現が見られるようになってきます。これがちょっとハイドンのソナタとしては前衛的でもあり、ちょっとバランスに欠ける印象にもつながります。ここがハイドンの難しいところ。
聴きどころのドラマティックな2楽章。1楽章の演奏で少し外れ感があったんですが、2楽章に入るとこれが実に素晴らしい演奏に変わります。1楽章の先走り感はどこへやら。しっとりと落ち着いた音楽が流れます。そしてフィナーレも落ち着きを保ちながら多彩なタッチでまとめます。

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
最後はハイドン晩年の傑作ソナタ。多くの名演奏がひしめく曲。ここまで聴いてきて、シュタイングレーバーのピアノは、少々古風な音色の面白さがある一方、複数の音が鳴った時のハーモニーの美しさに少々難ありだということがわかりました。この最後のソナタでもメロディーラインのタッチの面白さが浮かび上がる一方、ハーモニーのが単音的に聴こえるのが曲の印象を左右していますね。現代ピアノでのハイドンのソナタの豊かな響きよりも音色はピアノながらフォルテピアノに近い一音一音の存在感が特徴になるでしょうか。エルンストの冷静なタッチもそう感じさせている一因かもしれませんね。この曲では表現は今までの曲同様多彩なんですが、曲に込めらた心情のようなものよりもタッチの変化のようなものに気を取られ、表現がちょっと表面的な印象につながっています。
アダージョでは前曲同様、エルンストの現代的ながら自在な表現がマッチして曲の深みを感じさせます。そしてフィナーレはさっぱりとした表情で弾き抜けます。

ハイドンのピアノソナタ全集を意図するモリッツ・エルンストの演奏ですが、曲から一定の距離をおいて客観的な視点で曲を捉えた演奏で、使用しているシュタイングレーバーという楽器の響きもあって、さらりとした表情の印象が強く残る演奏でした。楽器の選択はハイドンの時代の響きに対するイメージを優先させたものだと思いますが、悪くはありません。この演奏の印象はやはりモリッツ・エルンストのタッチにあり、独特の現代的感覚がそのような印象を残していると思われます。これからハイドンのソナタ全集を残すという一大プロジェクトに挑むということで、今後の演奏に注目したいと思います。評価は全曲[++++]とします。

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園田高弘のピアノソナタ集(ハイドン)

暑いですね。まあ、夏は暑いものですが、仕事からの帰り道を歩くだけで汗かいちゃいます。

ちょっと間があきましたが今日は珍しいアルバム。

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園田高弘(Takahiro Sonoda)によるハイドンのピアノソナタ5曲(Hob.XVI:35、XVI:27、XVI:37、XVI:36、XVI:34)、モーツァルトのピアノソナタ5曲(K.545、K.547a、K.332、K.283、K.331)、ベートーヴェンのピアノソナタ5曲(Op.49-1、Op.49-2、Op.79、Op.14-1、Op.14-2)を収めた3枚組のアルバム。収録は1991年から1994年にかけて静岡の磐田郡竜洋町にある竜洋なぎの木会館いさだホールでのセッション録音。レーベルは日本の芸術教育企画という会社のEVICA。

園田高弘さんが亡くなったのは割と最近のことと思っていましたが、調べたところ2004年。もう10年以上になるのですね。日経新聞に連載していた私の履歴書でフルトヴェングラーのライヴに接した感動とカラヤンの比較を通してつづられた音楽感を興味深く読んだのを覚えています。ベートーヴェンやバッハの印象が強い人でしたが、先日このアルバムを見つけて、ハイドンの録音が残っているとはじめて気づいた次第。このアルバムをリリースしている芸術教育企画という会社のウェブサイトに園田さんの情報がありますのでリンクしておきましょう。

園田高弘

1928年東京中野生まれ。幼少時からピアニストだった父清秀の教育を受け、その後ブゾーニ門下のロシア人ピアニストレオ・シロタに師事。東京音楽学校(今の藝大)に進み、卒業直後の1948年には日本交響楽団(今のN響)の定期演奏会でデビュー。その後渡欧してフランスでマルグリット・ロンの教えを受けました。1954年には初来日したカラヤンの振るN響とベートーヴェンのピアノ協奏曲4番を演奏しています。このあとカラヤンからの推薦で再び渡欧、ベルリンに居をかまえベルリン芸術大学のヘルムート・ロロフに師事するとともにフランスやイタリアで演奏会を開き、1959年にはベルリンフィルの定期演奏会にベートーヴェンの皇帝でデビュー、その後ベルリンフィルとも共演を重ね、チェリビダッケ/ミラノ・スカラ座管、ブロムシュテット/ドレスデン・シュターツカペレなどと共演。今から考えても目もくらむような活躍。ヨーロッパでは「日本のギーゼキング」と称されたそう。1970年代からは日本での活動を増やし、教育者や多くのコンクールの審査員としても活躍しました。今日取り上げるアルバムをリリースしている芸術教育企画は園田高弘自身が立ち上げた会社なんですね。

今回このアルバムを取り上げるにあたって知った「日本のギーゼキング」との呼称、このアルバムのハイドンの演奏を聴くと実に的を射た呼称であることがわかります。淡々と演奏しながら揺るぎない構築感と滲み出る音楽性。音楽に対する確かな視野に基づく一貫した演奏は素晴らしいものです。同種の演奏では名盤の誉れ高いオルベルツに近いものがありますね。

Hob.XVI:35 Piano Sonata No.48 [C] (c.1780)
ピアノはヤマハCFIIIS。落ち着き払って淡々としながらもキラメキ感のある入り。適度なホールの残響。ピアノの録音としては理想的なもの。淡々としながらもタッチにしなやかさがあり、そこから燻し銀の味わいがにじみ出てきます。リズムは揺るぎなく安定しているのでメロディーがちょうど良い具合に浮かび上がり、ハイドンの機知の面白さを知り尽くした人がさりげなく表現するウィットのようなものが自然に伝わります。曲をどう演奏しようかという迷いのようなものは微塵もなく、ただただハイドンの楽譜に謙虚に従うよう。この曲だけが視野にあるわけではなく、園田高弘のハイドンという作曲家に対する確かな視点が音楽に揺るぎない説得力を与えているよう。先の園田高弘のサイトにあるディスコグラフィの解説では、このアルバムはピアノ学習者のための模範的演奏として企画されたとのことで、この演奏の意図がなんとなくわかりましたが、この表現、純粋に鑑賞者たる私にとっても、ハイドンのピアノソナタの演奏としても図抜けたインパクトを持つ演奏です。アダージョの落ち着きながらも輝かしい右手のタッチのキラメキ。フィナーレの端正さも印象的。1曲目から見事な仕上がり。

Hob.XVI:27 Piano Sonata No.42 [G] (1776 or before)
あまりの安定感に曲を聴いているのではなく、連綿と連なる叙事詩を聴いているような意識になります。自然なのに意識が覚醒するような刺激に満ちた演奏。よく聴くとタッチの微妙な変化を含んでいて、淡々としているのに豊穣な響き。完全に引き込まれます。テンポも実に自然に動かしてフィナーレを飾ります。

Hob.XVI:37 Piano Sonata No.50 [D] (c.1780)
聴きなれたメロディーの入りですが、一音一音が変化に富んでいて、まるで新しい曲を聴くような新鮮な気持ちになります。演奏によっては単調にも聴こえるのですが、見違えるような豊かさ。それでいてくっきりとした表情は優れたバランス感覚の賜物。特に劇的な曲想の2楽章の凛とした表情が素晴らしいですね。奏者の一貫した姿勢の強さと曲に潜むエネルギーのぶつかり合い。鳥肌がたつような緊張感。リヒテルの力感からくる強靭さではなく、気高さのようなものを感じます。そしてフィナーレのリズムを浮き立たせた入り。さりげない表現ですが深いですね。

Hob.XVI:36 Piano Sonata No.49 [c sharp] (before 1780)
この曲も印象的な曲想の曲。短調による険しい入りですが、いきなり気高い迫力に圧倒されます。力任せではなくピアノが美しく響くレンジいっぱいを使ったコントロールされた力感、というか力感を感じさせる魔法のタッチのようなものでしょう。続くスケルツァンドではちりばめられた音符の響きの余韻の目が詰まっていて織物のような美しさ。そして最後のメヌエットのしっとりとした落ち着いた表情の美しさ。

Hob.XVI:34 Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
ブレンデルの演奏で刷り込まれた曲ですが、ブレンデルの分厚い左手の迫力ある響きをベースとした躍動感に対して、園田高弘の演奏は一音一音の研ぎ澄まされた響きと音楽の強靭さで聴かせる演奏。わたしはこちらの方が好み。ブレンデルの演奏の完成度を超える印象を与えてくれました。独特の中低域の硬質な響きをもつヤマハのピアノの響きを活かしたアダージョ。そして独特の快活さをもった終楽章。しっかりとリズムを踏みしめるように進めながらもメロディーは輝き、翳り、弾みます。

園田高弘のハイドンははじめて聴きますが、これほどまでに素晴らしいとは思っていませんでした。淡々と弾いているように見えて実に多彩。そして深い音楽。ハイドンのピアノソナタの演奏の中でも指折りのものというのは間違いありません。どの曲も一貫したスタンスで演奏され、どの曲も微塵の揺るぎもない緊密な演奏。完璧です。ピアノ学習者がこの演奏を聴くことは相当な刺激になると思いますが、この演奏に近づくには相当な鍛錬がいることでしょう。もちろん全曲[+++++]とします。

モーツァルトも基本的に同じスタンスの演奏ですが、モーツァルトの方は今少しの軽さを求めたくなってしまいます。もともと得意としているベートーヴェンのすばらしさについては私が語れるものではありませんね。

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ワリド・アクルのピアノソナタ集(ハイドン)

今日も湖国JHさんに貸していただいているアルバムから。

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ワリド・アクル(Walid Akl)のピアノによるハイドンのピアノ作品全集の第1巻。ソナタ4曲(Hob.XVI:20、XVI:22、XVI:35、XVI:23)と変奏曲(Hob.XVII:7)の5曲を収めたアルバム。収録はPマークが1998年、場所はパリとだけ記載されています。レーベルはオーストリアのKOCH DISCOVER INIERNATIONAL。

ワリド・アクルのアルバムは手元に「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」のピアノ版のアルバムがあるのみ。そのアルバムにもハイドンのピアノ作品全集の第3巻との記載がありますが、他の巻のアルバムをあまり目にすることもなかったので、とりたてて注目しているわけではありませんでした。今回このアルバムを貸していただいて、ライナーノーツをよく見ると、裏面に「ワリド・アクル(1945-1997)に捧ぐ」との記載があり。ハイドンのピアノ作品全集を残して、亡くなられたということでしょう。

ライナーノーツの解説によるとワリド・アクルは終戦の年、1945年にレバノンに生まれたピアニスト。パリで教育を受け、マルグリット・ロン・アカデミー、エコール・ノルマル、パリ音楽院などで学び、1969年からヨーロッパの都市を中心に活躍したとのこと。オケとはミュンヘン・フィル、ラジオ・フランス管弦楽団、パウル・クエンツ管弦楽団などと共演。レパートリーは広く、ベートーヴェン、リスト、ボロディンなどまでこなしましたが、とりわけ気に入っていたのがハイドンとのことで、ピアノ作品全集まで録音したということです。1997年、パリで心臓手術を受け、そのあと52歳という若さで亡くなったとのことです。

現在、amazonで中古が数枚みつかる他、あまり目にしないアルバムですが、聴いてみるとさすがにハイドンの全ピアノ作品を録音しようというほどの意気込みが伝わる演奏でした。1曲1曲の表現を磨くのではなく、非常に大きな視点から音楽を描いて行く感じ。これは悪くありません。

Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
録音は自然でいいですね。アクルのピアノはさっぱりとしたテイストでサラサラと弾き進めていくもの。自然に生まれる感興がほどよく感じられ、曲自体がもっている音楽に集中することができます。表現が大げさでないのににじみ出る情感は濃いという不思議な感覚。フレーズはキリリと引き締まり、8分の力でメリハリをつけながら弾いていきます。
期待の2楽章。星がきらめくような名曲ですが、ことさらきらめきを強調することはせず、淡々と弾いていきます。途中音量を結構落とす場面があるのですが、これがいい味をだしています。さっぱりとした美しさがにじみ出てきます。叙事詩が語られるのを聴いているような落ち着いた音楽。ただタッチのキレ、音楽の濃さはそれなりにあって、アクルの演奏スタイルにだんだんハマってきます。
フィナーレは練習曲を速弾きするような軽やかさ。大上段に構えるのではなく、普段の練習のようなくだけたスタイルがハイドンに合っています。冒頭にも書きましたが、やはり全集を演奏するということで、一歩引いた立場で冷静な視点をもちながら、自然な演奏から音楽を滲ませようというスタンス。

Hob.XVI:22 / Piano Sonata No.37 [E] (1773)
つづく曲も姿勢は変わりません。まるでハイドンの多くのソナタをすべて初見で弾いているような新鮮さ。1曲1曲の出来ではなく、ソナタ全体から音楽を引き出そうとしているようにすら感じます。途中の転調でハッとさせられる他は、実に地道な演奏。
2楽章のアンダンテはしっかり沈んで、美しいメロディーを引き立てます。そしてフィナーレは禁欲的なほどあっさりとまとめます。ハイドンの秩序と規律を軽快に表現しているようで、微笑ましい限り。最後の一音のさっと消え入る感じ、こちらも実に味わい深い。

Hob.XVI:35 / Piano Sonata No.48 [C] (c.1780)
軽やかなメロディーラインが心地良い曲。子犬が走り回るような微笑ましい軽快さ。喜んで型にはまっているような律儀さがあり、まさにハイドンのソナタに相応わしいコミカルさをはらんでいます。良く聴くと非常にクッキリとした右手の音階。終盤、きちんと間をとりメリハリをつける事は忘れません。要はハイドンのツボを押さえているということです。
この曲まで来ると、アダージョのしっとり感もかなりのもの。頭の中に音楽が流れているのでしょう、指から紡ぎ出される音楽は非常に完成度の高い表現。陽光に輝く雪山を遠くから眺めるがごとき陰影の深さ。ゆったりと音楽が紡ぎ出され、輝きは最高潮。
フィナーレは相変わらずの軽さ。これだけの軽さにはかなりのタッチのキレが求められます。

Hob.XVI:23 / Piano Sonata No.38 [F] (1773)
もうアクルの術中にハマってます。いやいや、ハイドンのピアノ作品をこよなく愛していることがひしひしと伝わります。ハイドンのソナタのツボを完全に掌握。とくに軽さとと機知の表現が絶妙。有名なこの曲もアクルのさりげないピアノで聴くと、じつに趣き深いですね。この曲では珍しくかなりアクセントを効かせてメロディーを奏でます。転がるような音階ときっちりメリハリをつけた部分の対比の鮮明さはかなりのもの。
アダージョのさっぱりしながらも濃密な音楽は相変わらず。ゆったり語られる音楽には、比較的硬質なスタインウェイの高音の美しさが効いているよう。抑えた表情の美しさが決まります。
いつもながら、アダージョとフィナーレの切り替えは鮮やか。まさに鮮烈なフィナーレ。音量は抑えながら、色彩感を感じさせる見事な指さばき。

Hob.XVII:7 / Variazioni [D] (1766)
珍しい曲。コミカルなメロディが次々と変奏となっていきます。音楽の方向性は異なるものの、この狂気を感じるほどの鮮やかなタッチのキレはグールドを彷彿とさせるもの。独特のあっさりとしたテイストは保ちながら、右手と左手の独立性はまさにグールド並み。いやいや恐ろしいテクニックです。この小曲が小宇宙のような深さを醸し出します。見事。

今までノーマークだった、ワリド・アクル。このアルバムをじっくり聴き直して、その音楽、テクニックに打ちのめされました。いや素晴らしい。特に最後の小さな変奏曲の鮮やかさには圧倒されました。流石ハイドンのピアノ作品の全集を録音しただけの奏者と納得です。前に触れた通り、この他にもアルバムがリリースされています。入手はなかなか大変そうですが、これは収集しなくてはなりませんね。評価は全曲[+++++]とします。

TOWER RECORDSさんかどこかで、まとめて復刻すべき素晴らしい録音だとおもいますが、如何なものでしょうか。

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ジュリア・クロードのピアノソナタ集完結(ハイドン)

ながらく探していたアルバム、最近ようやく出会いました。

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ジュリア・クロード(Julia Cload)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ5曲(Hob.XVI:24、XVI:26、XVI:29、XVI:35、XVI:36)を収めたアルバム。収録はPマークが1990年、ロンドンのモッティンガムにあるエドワード懺悔王教会でのセッション録音。レーベルは英Meridian。

ジュリア・クロードによるハイドンのピアノソナタ集は、これまでこのアルバムを含めて3枚リリースされており、そのうちの1枚は当ブログで約3年前に取りあげています。

2010/09/25 : ハイドン–ピアノソナタ : ジュリア・クロードのピアノソナタ集

前記事をよんでいただければわかるとおり、ジュリア・クロードはハイドン研究の大家、ロビンス・ランドンが推薦しているピアニスト。アルバムのジャケットに書かれた推薦文を前記事から転載しておきましょう。

「ハイドンのピアノソナタはジュリア・クロードの演奏によって新たな次元に。彼女の情熱的な音楽的才能と強靭な個性はこの演奏からも明らかに感じられる。彼女は今やハイドンの解釈の第一人者だ。」 H. C. ロビンス・ランドン


そして、今日取り上げるアルバムのジャケットにも何やら小さな字で、同じくランドンの推薦文が。こちらも訳して乗せておきましょう。

「ジュリア・クロードは、把握するのが決して容易ではないハイドンの音楽の全体像を把握する豊かな能力をもっている。そしてまた、類いまれなルバートのセンスをもっている」 H. C. ロビンス・ランドン



ジュリア・クロードは1946年、ロンドンに生まれたピアニスト。ロンドンの王立音楽大学、ブダペストのフランツ・リスト・アカデミー等で学び、ロンドンのウィグモア・ホールでデビューしました。ロンドンやプダペストを中心に活動し、Meridianに録音したバッハのゴールドベルク変奏曲で有名になりました。Meridianへのこのハイドンのソナタ集は全集を目指しているようですが、もしかしたらリリースされている3枚がすべてかもしれません。

いずれにせよ、ハイドンの大家であるロビンス・ランドンにここまで言わせる存在として非常に気になっていました。3枚の中では一番最近のリリースである、このアルバムの出来は如何なものでしょう。

ライナーノーツによれば、ピアノはFAZIOLI、マイクはAKG C24と音質にもこだわっていることが窺える記載。

Hob.XVI:24 / Piano Sonata No.39 [D] (1773)
女性らしい高音の綺麗なピアノの響き。左手はあえて弱めのバランスて、シュトルム・ウント・ドラング期の終わりごろのソナタをクリアに奏でていきます。たしかにルバートを多用して、詩的な印象を強く残します。録音は十分鮮明で、教会に響く残響が美しいもの。1楽章のバランスの良い演奏から、2楽章に入ると宝石のように磨かれた美しいピアノによる響きの結晶のような音楽。ゆったりとした音楽が流れますが、ランドンの言うように、全体のフォルムをきっちり把握してメリハリは十分。フィナーレは縦横無尽に飛躍する音階の表現が秀逸。響きの美しさと、タッチの鮮明さ、そして全体設計をふまえたバランスのよい構成と、あらためてクロードの良さが出た演奏。

Hob.XVI:26 / Piano Sonata No.41 [A] (1773)
2曲は流し弾きのようなあっさりとした演奏から入ります。曲の特徴によってタッチを変えてきます。ハイドンの曲の面白さをよく捕らえた演奏。楽章が進んでも流し弾きのようなスタイルは変わらず、軽いタッチで通します。この曲ではそのタッチの面白さが活きて、悪くありません。

Hob.XVI:29 / Piano Sonata No.44 [F] (1774)
リヒテルの素晴しい力感の演奏が耳に残っているこの曲。クロードは速めのテンポで、力感ではなくリズムの面白さと、やはり美しい宝石が転がるような美音を聴かせどころにしています。速い所はタッチが際立つようになおさら速く弾いているよう。逆に力感は抑えて、クリアに響きの余韻だけを残すような演奏。この曲では好き嫌いというか、好みが別れるような気がします。アダージョに入ると一転、呼吸の深さが印象的に。抑えた音量で響きを磨きぬいていき、メロディーの美しさが際立ちます。一旦おちついたことで、フィナーレもしっとりとした表情が活きてきます。クロードの磨かれた美しい音の魅力が良く発揮された楽章でした。

Hob.XVI:35 / Piano Sonata No.48 [C] (c.1780)
いままでのなかでは、落ち着いた演奏の方に歩があります。この曲は落ち着いた方の演奏。軽快な曲を美音を駆使してしっかりリズミカルに進めていくだけですが、曲の面白さはこれが一番。メロディーラインがクッキリ浮かび上がり、非常に見通しの良い演奏。アダージョは非常にやわらかいタッチが冴えます。無音の空間にピアノの磨かれた響きを一つ一つ置いていくよう。これは絶品。フィナーレに入ってもタッチが冴え渡り続け、ハイドンの創意が結晶になっていくよう。この曲はオーソドックスなアプローチながら、クロードの良さが最も出た感じ。

Hob.XVI:36 / Piano Sonata No.49 [c sharp] (before 1780)
最後の曲ですが、最初にハッとするような変化をかませて聴き手を驚かせます。ときおり垣間見せる機知が冴え渡ります。この曲も落ち着いてじっくり来ていますので、前曲同様キレてます。じっくりと間を取りながら、じっくりと曲を料理していきます。ハイドンの曲の面白さを知り尽くした演奏と言っていいでしょう。スケルツァンド、メヌエットとつづきますが、右手のタッチの冴えにうっとり。詩情溢れる演奏にノックアウトです。

ジュリア・クロードのハイドンのソナタ集。3枚目にしてクロードの真髄に触れた感じです。冒頭に紹介したランドン博士の言葉の意味がよくわかりました。ハイドンのソナタの楽譜に込められたニュアンスをこれほど豊かな詩情を伴って演奏できる人はそういません。深い思慮にもとづいた演奏、ピアノの美しい響き、素晴しい録音と三拍子そろった素晴しいアルバムです。評価はXVI:29のみ減点して[++++]、それ以外は[+++++]とします。愛聴盤になりそうです。

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モニク・ド・ラ・ブルショリュリのピアノソナタXVI:35

前記事のリステンパルトの演奏で、一昔前の香り立つような演奏に酔いしれました。もう一枚香り立つ演奏いきます。

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モニク・ド・ラ・ブルショリュリのピアノによるハイドンのピアノソナタHob.XVI:35他、モーツァルト、ショパン、ディティユー、サンサーンス、シューベルトなどのピアノ曲を収めたアルバム。ハイドンの収録は1962年3月、パリのシャンゼリゼ劇場でのライヴ。レーベルは仏INA mémoire vive。

エッフェル塔ををバックにしたブルショリュリの写真とセンスのいいタイポグラフィが配された粋なジャケット。ピアニストのモニク・ド・ラ・ブルショリュリは私はこのアルバムで初めて聴いた人。いつものようにWikipediaなどの情報から略歴を調べておきましょう。

ブルショリュリは1915年パリ生まれのフランスのピアニスト。音楽一家に生まれ、母はイヴ・ナットを教えた人。母に手ほどきを受けたのち、7歳の若でパリ音楽院に入り、両親の親友でもあったピアニストのイシドール・フィリップに師事、1928年に13歳の若さで音楽院を首席で卒業。その後はパリでアルフレッド・コルトー、ウィーンでエミール・フォン・ザウアー、ベルリンでラウル・コチャルスキに師事。1932年に18歳の若さでシャルル・ミュンシュの指揮で協奏曲を演奏してデビューしました。1936年から1938年まで数々のコンクールで入賞し、1937年にワルシャワのショパン国際コンクールに入選。戦後はアメリカやポーランドなどを皮切りに国際的に活躍するようになり、ヨッフム、アンセルメ、カラヤン、チェリビダッケらの著名な指揮者と共演しました。1966年、ルーマニアで自動車事故にあい左手の機能を失ったため引退。晩年は教育活動に献身し、1973年に亡くなっています。

このアルバムの演奏はブルショリュリ47歳頃の演奏。まさに香り立つようなピアノに酔いしれます。

Hob.XVI:35 / Piano Sonata No.48 [C] (c.1780)
速めのテンポによる、非常にあっさりとしたタッチによる入り。ただ良く聴くとあっさりとしたというよりはさらさらと自在にテンポを揺らしながらそよ風のように弾き進めていきます。録音は低域が薄めですが鮮明さは十分。1962年という録音年代にしてはかなりの質の高い録音です。シャンゼリゼ劇場特有のカッチリした音です。
さらっとしたまま2楽章に入ります。ただ、徐々に立ちのぼる色香。テンポが徐々に落ちて、詩情が満ちあふれるようになります。このピアノの濃いニュアンスはフランス人ピアニストならではでしょう。自然ながら独特の雰囲気がすばらしいですね。情に流される事なくさらっとした詩情。
間を置く事なく、これまたあっさりとフィナーレに入ります。一貫して軽いタッチ、ピアノを鳴らしてはいるのですが、この軽さと詩情は見事。高音の転がるような音階にブルショリュリの才能が光ります。最後は間をおかず拍手が降り注ぎます。

つづくモーツァルトのファンタジアK.475も軽さと詩情が溢れる名演。コンサート会場にいた人が酔いしれる様子が想像できます。

モニク・ド・ラ・ブルショリュリのピアノによるシャンゼリゼ劇場のライヴ。この時代のこの瞬間を切り取ったような極上の演奏。ハイドンの演奏はこの曲のスタンダードという訳ではありませんが、ブルショリュリにしか弾けないハイドンであることは間違いありません。日本ではあまり有名な存在ではないでしょうが、演奏はハスキルやリパッティを彷彿とさせる、非常に雰囲気のある演奏。このアルバムは貴重な瞬間の記録と言う意味でも素晴らしいもの。ハイドンのピアノが好きな方にはオススメの演奏です。評価は以前より上げて、[+++++]とします。

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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : ピアノソナタXVI:35 ライヴ録音 ヒストリカル シャンゼリゼ劇場

絶品、バイロン・シェンクマンのピアノソナタ集

今日は最近手に入れた中でとても良かったピアノソナタ集を取り上げます。

Schenkman.jpg
HMV ONLINEicon / amazon

バイロン・シェンクマン(Byron Schenkman)のピアノによるハイドンのピアノソナタ集。ピアノソナタ5曲(XVI:35、XVI:36、XVI:34、XVI:30、XVI:37)とピアノ三重奏曲としても知られるヴァイオリンソナタ(XV:32)、そしてピアノ三重奏曲の2楽章をもとにしたアダージョ(XV:22/II)の計6曲。収録は2005年の5月、アメリカ中部のアイオワ州、アイオワ州立大学クラップリサイタルホールでのセッション録音。久々にアメリカものですね。レーベルはロスにあるCENTAURというレーベル。レーベルの赤いマークを見てわかるとおりケンタウルス(半人半馬の怪物)という意味のようです。

ピアノソナタの未聴盤はわりと積極的に手に入れるようにしているんですが、もちろん玉石混合。このアルバムは1つ前のレビューで紹介したデートレフ・クラウスの素晴らしい枯淡の表現を感じたアルバムとともに、最近手に入れた中では抜群の出来の一枚。

ピアニストのバイロン・シェンクマンははじめて聴く人。ジャケットには仏の慈悲のごとく微笑む優しい笑顔のピアニストが、ピアノの前にたたずむ姿。ジャケットからもオーラが出ています。アメリカ人のピアニストでハープシコードやフォルテピアノも弾くようです。ニューイングランド音楽院やインディアナ大学などで音楽を学び、最初はハープシコード、フォルテピアノ奏者として活躍し、その後ピアニストとしてデビューとのこと。このアルバムにはモダンピアニストとしてはじめての録音であることが表記されています。本人のサイトがありますのでリンクを張っておきましょう。

Byron Schenkmanのサイト(英文)

要はピアニストとしては本盤がデビュー盤ということですが、そうは思えない円熟の響きが聴かれます。

1曲目はハ長調のXVi:35、1780年頃の作曲。いきなり透明感の高い素晴らしい響き。最新の録音らしくホールに響くピアノの美しい音色が印象的。速めのテンポで指もよくまわってよく流れるメロディーライン。フレーズの切れ目はたっぷりと休符をとり、ふたたび快速テンポのメロディーラインに移り快速のまま終了。
2楽章は非常にゆったりした流れ、このアダージョ楽章の透明感と情感の高次のバランスがこのアルバムの聴き所の一つになっています。力が抜けて、メロディーのエッセンスのみが響いていく感じは悪くありません。
3楽章はアクセントをキリッと決めて、メリハリ感も聴かせどころになります。1曲目は全体の印象を左右する重要な役割がありますが、透明感とテンポ感、表現の幅ともに良い演奏。最初の1曲はシェンクマンの力を正直に表した良い演奏と言えるでしょう。

2曲目はXVI:36、1780年以前の作曲。冒頭はぐっと大振りな勢いで挨拶代わりに見栄を切るようなインパクトのある特徴的な出だし。以降は、若干重さを感じるようなゆったりしたテンポで1楽章のメロディーを訥々と表現して行きます。2楽章は軽いタッチで美しい音色を生かした展開。抑えた部分の軽さの表現も十分にコントロールされています。このの人の巧さは、デリケートな弱音のコントロールでしょう。綿菓子をさわるときはその軽さに合わせて触れますが、そういった力加減が非常に巧い人という印象。3楽章のメヌエットはゆったり感満点の展開。ゆったりした流れのなかにハイドンの暖かいメロディーを楽しむ絶妙の演奏。

次は名曲XVI:34ホ短調。1780年代の作曲。冒頭の特徴的な曲想を軽々とさっぱりした指使いでこなします。速いパッセージを軽々とこなしますが、テクニックの誇示と言うような雰囲気は微塵もなく、素晴らしい指の動きで1楽章を終えます。2楽章のアダージョの音楽性は素晴らしいもの。この楽章にハイドンが込めた詩情を非常に自然に表現。特にテンポのコントロールが巧みで、ちょっとしたところでテンポを落とすのを効果的に使い、フレーズの切れ目を巧く表現しています。3楽章のクッキリした推進力も見事。勢いだけではなくフレーズのコントロールが巧いため曲のメリハリを有機的に描いているように聴こえます。この曲も素晴らしい演奏。これは凄い。

次のXVI:30は1776年の作曲。この曲も素晴らしい演奏。1楽章の非常に変化に富んだメロディーを巧く表現しているのに加え、後半のぐっとテンポを落とすところの表現も見事。ハイドンの曲の面白さをのツボがわかっている感じですね。2楽章は変奏曲ですが、変奏ごとの表情の付け方は孤高と言ってもいい澄み切ったもの。

ソナタの最後は名曲XVI:37、1780年頃の作曲。1楽章のクッキリとした旋律を右手の輝きに満ちたタッチで描き、テンポのコントロールも一定ながら、フレーズ感の休符を長めにとってメリハリ感は十分。あっさりとした演奏ながらこれ以上の表現は必要ないとも思わせる完成度。2楽章は意外に迫力に満ちたもの。冒頭の一音から聖堂の大伽藍を思わせる重厚な音色。そして消え入るようにつづくフレーズ。なんという解釈。この楽章はハスキルの演奏に代表される情感を色濃くだすものと思っていましたが、シェンクマンの描く2楽章は全く異なる険しい世界でした。そしてつづく3楽章は前楽章の静寂をうけて静かに始まりますが、途中から険しさも顔をみせるようになり、右手のキラメキ感とともに曲をすすめ、フィニッシュ。デュナーミクの繊細なコントロールが印象的な名演奏ですね。

そしてピアノ三重奏曲としても知られるヴァイオリンソナタ(XV:32)。ヴァイオリンはケイティ・ウォルフェ(Katie Wolfe)。アイオワ州立大学の准教授としてヴァイオリンを教えている人のよう。本人のサイトがありましたので、リンクを張っておきましょう。

Katie Wolfeのウェブサイト(英文)

ヴァイオリンとピアノの息がピタリとあって素晴らしいアンサンブル。シェンクマンのピアノに寄り添うようなケイティの落ち着いた音色のヴァイオリン。楽器が2台になったとたん掛け合いの妙が楽しめるんですね。この曲も素晴らしい出来。

最後はこのアルバムのアンコールピースのようなピアノ3重奏曲からのアダージョ(XV:22/II)。そっとピアノに振れるようなタッチで優雅なアダージョをゆったりと弾いていきます。ハイドンならではのシンプルながら味わい深いメロディー。この感興は聴いていただかないと伝わらないと思いますが、しみじみ心に響く名旋律。シェンクマンの極上のタッチで存分に楽しめます。最後の余韻の消え入る美しさは絶品ですね。

ふと見つけたこのアルバムですが、その演奏はハイドンのピアノソナタの魅力を存分に味わえる名演奏でした。評価はすべて[+++++]としました。別に超絶的なテクニックでも、突き抜けた個性を持つ訳でもないんですが、さらっと弾いているようでハイドンのピアノソナタの本質をえぐるような表現力があり、非常に説得力があります。久々に「ハイドン入門者向け」タグも進呈です。ハイドンをこれから聴こうというひとにおすすめの一枚。今日はシェンクマンの素晴らしい演奏に酔いしれました。良いお休みでした。

この人にはこのアルバムより前に入れたフォルテピアノによる初期のハイドンのソナタ集が同じCENTAURレーベルよりリリースされているんですが、こちらも注文しなくてはなりませんね。

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tag : ピアノソナタXVI:35 ピアノソナタXVI:36 ピアノソナタXVI:34 ピアノソナタXVI:30 ピアノソナタXVI:37 ヴァイオリンソナタ ハイドン入門者向け

ハイドン時代のスクエアピアノの音

昨日手に入れたアルバムをもう1枚。

Leach.jpg
HMV ONLINEicon / amazon / TOWER RECORDS

ATHENEという未知のレーベルからリリースされているハイドンのピアノソナタ集。
ただし、普通の演奏ではなく、ジャケットの写真と表記からもわかるとおり、ハイドンが生きていた時代のスクエアピアノ、まあ箱形のフォルテピアノということでしょう。
類似の企画にクラヴィコードによるソナタ集というものもありますが、箱形のフォルテピアノというのは記憶の上では初めて。一体どんな響きが聴こえるのやら。

奏者はジョアンナ・リーチ(と読んでいいのかしら)。ライナーノーツに奏者の略歴などの表記がないため、いつものようにネットで調べると、ありました。ATHENEレーベルの属するDivine Art Recordings Groupのウェブサイトに彼女の略歴などの情報が。

ジョアンナ・リーチ略歴(英文)

このアルバムの他にもう1枚ハイドンのソナタ集があるようですね。

このアルバムに含まれる曲は次のとおり。曲ごとに楽器も異なります。

変奏曲 Hob.XVII:6 楽器 Stodart(1823年頃作)
ソナタ Hob.XVI:35 楽器 Broadwood(1789年作)
ソナタ Hob.XVI:49 楽器 Astor(1800年頃作)
ソナタ Hob.XVI:20 楽器 Longman and Broderip(1787年頃作)

録音は1991年から92年にかけて。曲ごとに音色の変化が楽しめるという趣向です。
演奏は古楽器の響きを楽しむのには十分安定したもの。

変奏曲はこの中で使われる楽器のなかで一番新しいもの。ダイナミクスの幅が広くなっていて、この変奏曲のダイナミックさがが十分生かされているように感じます。こうゆう音をイメージしながらハイドンは作曲していたんでしょうね。古雅な音色にのせて作曲当時のハイドンの思考にトリップできますね。

LeachwithPiano.jpg

写真は上記ウェブサイトに掲載されたジョアンナ・リーチと愛機の1823年製(筆者注:1832年との記載ですが1923年の誤植か?)Stodart箱型フォルテピアノです。

2曲目はHob.XVI:35。楽器はさきほどのものよりほんのちょっとチェンバロよりの響き。よく聴くとハンマーだかメカニズムだかが奥でカチカチ言うのが聴こえます。2楽章のアダージョが、少ない音符の向こうに聴こえる響きを楽しめます。録音も我が家で弾いているように聞こえて悪くありません。

3曲目はHob.XVI:49。こちらは中音域に独特の癖のある響きが特徴。弦を鳥の羽の軸ではじいているような音の感じです。高音域に響きの濁りが少々あります。この曲も1楽章は刷り込まれているより新しい楽器での響きと比べると難ありの印象ですが、2楽章でその印象は一変。やはり楽器の古雅な音色に引き込まれます。

最後は私の最も好きなHob.XVI:20。この楽器も面白い。速いパッセージのところで鍵盤をこするようなノイズが入りますが、鑑賞の邪魔になるというよりは、逆にどんな構造になっているのだろうかという興味をかき立てます。鍵盤の打鍵感にばらつきがあるのか、少々弾きにくそうですが、この楽器は高音の旋律が美しい。ちょっと金属的な感じもしますが、右手の音階の上下が特徴的なこの曲に非常にマッチしてます。2楽章はこれまた雅の限り。
演奏ではなく音色で曲が楽しめます。もちろん演奏も悪くありません。

ハイドンの演奏ばかりあつめていると、ただの演奏よりも、こうしたコンセプトが明確なアルバムには強く惹き付けられます。演奏自体のテクニックはこの演奏を上回るものは多いですが、ハイドンの生きた時代に近づこうとする心意気には頭が下がります。楽器の修復家との出会いをきっかけに作曲家の時代の響きを求め続けているピアニスト。そしてそれをリリースする小さなレーベル。ただただ感動です。
手に入れられるかはわかりませんが、このレーベルのハイドンの他のアルバムも是非手に入れたくなりました。

一般的にはあまり高い評価がつく演奏ではありませんが、私個人としては評価は高くつけました。各曲とも[++++]、アルバムとしてもおすすめ盤のタグを付けました。

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tag : ピアノソナタXVI:6 ピアノソナタXVI:35 ピアノソナタXVI:49 ピアノソナタXVI:20 古楽器 おすすめ盤 スクエアピアノ

絶品! 廻由美子のピアノソナタ

依然ピアノソナタのCDの整理を続けてます。今日の発見は廻由美子のピアノソナタ集。

Meguri.jpg
HMV ONLINEicon / amazon

無警戒でした。これにはびっくり。すばらしい切れです。むろんリヒテルの孤高の詩情にはかないませんが、演奏の切れと迫力は負けてません。すこし低域が薄めの録音が惜しいところですが、曲を楽しむには十分質の高い録音です。
94年伊勢原市文化会館での録音。ライナーノーツによれば桐朋学園の講師をされている方とか。
おそらくピアノによる日本人のハイドンのソナタ録音ではピカイチの存在だと思います。

このアルバムを聴いて是非実演も聴いてみたくなりました。コンサートやってるんでしょうか? ぽちぽち調べてみることとしましょう。

テーマ : クラシック
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tag : ピアノソナタXVI:47 ピアノソナタXVI:34 ピアノソナタXVI:35 ピアノソナタXVI:23 ピアノソナタXVI:31 おすすめ盤

濃密な軽妙

Say.jpg
HMV ONLINEicon / amazon / TOWER RECORDS

昨日につづきピアノソナタです。ファジル・サイのはじめてのハイドンアルバム。以前に手に入れていたものをリストに追加です。

春の祭典をピアノでやったり、テクニックはものすごいものがありますが、不思議と気負いもなく、かなり自由にやる人だなとの印象があり、ハイドンは相性がいいはずとの予感は的中です。

軽妙な語り口なのに、濃密なところもありハイドンの仕組んだソナタの機知と変化を存分に楽しめます。サーカスを見に行って、ベテランピエロの至芸を見た気分を味わえます。昨夜の一枚が哲学の淵をかいま見せたのとは異なり、楽しめる名人芸といった感じです。

評価は[+++++]と高めにつけました。
皆さんの評価は如何に。

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tag : ピアノソナタXVI:37 ピアノソナタXVI:43 ピアノソナタXVI:35 ピアノソナタXVI:31 ピアノソナタXVI:10 おすすめ盤

プロフィール

Daisy


Author:Daisy

ハイドン(Franz Joseph Haydn)の膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。私はなぜハイドンにはまったのか?

最新記事
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ハイドン所有盤リスト
Joseph Haydn Discography
所有盤をジャンル別にリスト化しています。基本的に録音年順とし、録音年不明のものはリスト冒頭に記載。演奏者名はジャケットなどの表記に合わせています。

登録曲数:1,365
登録演奏数:11,529
(2019年3月31日)
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