エリザベス・スペイサー/ジョン・バトリックの歌曲集(ハイドン)

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エリザベス・スペイサー(Elizabeth Speiser)のソプラノ、ジョン・バトリック(John Buttrick)のピアノによるハイドンの英語によるカンツォネッタ4曲、ピアノソナタ(Hob.XVI:50) 、ナクソスのアリアンナ、アンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)を収めたアルバム。収録は1987年とだけ記載されています。レーベルはスイスのJecklin disco。
このアルバム、少し前にディスクユニオンで仕入れたのですが、歌曲の未入手盤を売り場で見かけるのは珍しいこと。いつものように所有盤リストを見ててダブり買いではないことのみ確認して、にんまりするのを抑え気味でレジに向かいゲット。未入手盤を手にいれるのは心躍ることなんですね。
歌手のエリザベス・スペイサーは1940年スイスのチューリッヒ生まれのソプラノ。スイスのウィンタートゥル、チューリッヒ、ウィーンなどで学び、当初はコンサートや歌曲のソロ歌手として国際的に活躍しはじめました。レパートリーは現代音楽にも広がりましたがオペラはごく一部をのぞき出演していないとのことですが、記録に残っているのは魔笛のパミーナなどわずか。他にはヘルムート・リリングとバッハの録音が何枚かあるようです。ハイドンについてはテレジアミサのソプラノを歌ったアルバムが1枚あるのみ。要はあまり知られていない人と言う感じです。
ピアノの伴奏を務めるジョン・バトリックもあまり知られていない人ですね。アメリカ生まれのようですが、腕から肩にかけての病気で一度は演奏者の道を諦めたものの、ピラティス、漢方などにより復帰し、今日取り上げるアルバムのリリース元であるJecklinより12枚のアルバムをリリースするに至っているとのこと。
ということで、このアルバム、知る人ぞ知るというか、知らない人はまったく知らない奏者による歌曲集ということになります。もちろんレビューに取り上げたのは演奏が素晴らしいからに他なりません。
Hob.XXVIa:32 6 Original Canzonettas 2 No.2 "The Wanderer" 「さすらい人」 [g] (1795)
しっとりとしたピアノの伴奏。伴奏者になりきった自己主張を抑えた穏やかなピアノの佇まい。録音のバランスはもう少し歌手に焦点をあててもよさそうですが、ピアノがぐっと前に来て、歌手はピアノの横というより後ろにいるようなバランス。ピアノから香り立つ穏やかな詩情がなんとも言えず素晴らしいです。ソプラノのエリザベス・スペイサーはよく通る声で、派手さはありませんが歌い回しは自然で、伸びやかな中音の響きが特徴。声量はピアノに負けていますが、声の余韻のデリケートなコントロールが秀逸で、聴き応え十分。この陰りのある曲の陰影を実に深々と感じさせます。アルバムの冒頭に置かれたのがわかります。
Hob.XXVIa:34 6 Original Canzonettas 2 No.4 "She never told her love" 「彼女は決して愛を語らなかった」 [A sharp] (1795)
この曲でもピアノが実に詩情豊かに伴奏を奏で、歌が入る前に雰囲気を整えます。ジョン・バトリック、素晴らしい腕前です。豊かなピアノの表情だからこそ、繊細なスペイサーの声の表情が引き立つというもの。全般に静寂のなかでの歌唱を意識させる透明感があります。
Hob.XXVIa:41 "The Spirit's Song" 「精霊の歌」 [f] (c.1795)
カンツォネッタ集の中では情感の濃い曲ばかりを集めているのがわかります。穏やかな表情ながら、集中力あふれる展開。前半の暗いメロディーからすっと明るさが射すところでの変化。暖かい光が射したときのじわりとくる深い感動。この曲の勘所を知っての選曲でしょうが、実に見事な歌にしびれます。
Hob.XXVIa:42 "O tuneful Voice" 「おお美しい声よ」 [E flat] (c.1795)
なんという澄んだ響き。序奏でのハイドンのひらめきだけでノックアウト。カンツォネッタ集から最後の曲にこの曲を選んでくるとは。伴奏の劇的な展開と、それに乗ってしっとりと響きを重ねるスペイサーのソプラノ。歌曲の素晴しさに満ち溢れた演奏。最後にゆったりと終わるあたりのセンスも見事。
Hob.XVI:50 Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
ジョン・バトリックによるソナタの演奏が挟まります。これも見事。腕の病気で演奏を断念していたことが信じられません。ハイドンのソナタのツボであるリズムをしっかり刻みますが、珍しく高音のアクセントで印象づけてきます。歌曲の伴奏同様、力むようなところはなく、力の抜けた演奏。適度なしなやかさを保ちながら初見で楽しんで弾いているような自在さを感じさせる不思議な演奏。ソナタに正対するのではなく、友人の書いた曲を楽しんで弾いているような印象。この晩年の見事なソナタから、実に楽しそうな雰囲気が伝わってきます。
続くアダージョでは、しなやかさはそのままに美しいメロディーを実に美しいピアノの響きで飾ります。これまで聴いた磨かれたタッチによる緩徐楽章の美しさとは少し異なり、透徹したというよりざっくりとしたタッチで一音一音が磨かれているという感じ。また、老成したという感じでもなく、適度に凸凹したところが持ち味。それでいてこの楽章の美しさを表現しきっている感もある実に不思議な演奏。
フィナーレの入りのリズミカルな表現の素晴らしいこと。間の取り方ひとつで、ハイドンの書いたメロディーがまるで生き物のように弾みます。余裕綽々の演奏からハイドンのソナタの真髄がじわりと伝わります。これは見事な演奏。
Hob.XXVIb:2 Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」 [E flat] (c.1789)
名曲「ナクソスのアリアンナ」。ジョン・バトリックはことさら劇的になるのを避け、さらりと流すような入り。スペイサーの入るところでさっと間を取り、最初の一声が入るところは鳥肌が立つような絶妙さ。これほど見事な歌の入りかたは聴いたことがありません。歌が入るとピアノは実に巧みにフレーズを組み立て、オケには真似のできないような変化に富んだサポート。スペイサーの透明感溢れる真剣な歌唱を十分に活かすようよく考えられた伴奏。スペイサーはカンツォネッタ同様、響きの余韻のコントロールが素晴らしく、この劇的な曲の美しさを緻密に表現しています。三部構成で19分と長い曲がバトリックの見事な伴奏で緊張感が緩むことなく劇的に展開します。各部の描き分けも見事。コレペティートル的なざっくりとした良さを持ったピアノですね。
Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
ナクソスのアリアンナの最後の響きの余韻が残っているところでさっと始まりますが、この入りがまた絶妙。最初から完全にバトリックのピアノに引き込まれます。前曲のざっくりとした印象は影を潜め、今度は透徹した響きの美しさが印象的。特に高音のアクセントが冴えて、曲をきりりと引き締めています。変奏が進むたびに、ハイドンのアイデアに呼応してバトリックのピアノも敏感に反応します。ハイドンのアイデアを次々にバトリックの表現でこなしていく見事な展開。変奏曲とはかく弾くべしとでもいいたそうですね。聴く方は耳と脳が冴えわたってピキピキ。高音の速いパッセージの滑らかなタッチは快感すら感じさせます。曲が進むにつれてバトリックの孤高の表現の冴えはとどまるところを知らず、どんどん高みに昇っていきます。一度ピアノが弾けなくなった経験があるからこそ、一音一音の意味をかみしめながら弾いているのでしょうか。これほどまでに透明な情感の高まるピアノは聴いたことがありません。奏者の魂が音になっているような珠玉の演奏。これほどの演奏をする人がマイナーな存在であること自体が驚きです。この曲には名演が数多くありますが、最近聴いた中ではベストの演奏と言っていいでしょう。見事。
このアルバム、エリザベス・スペイサーの歌も素晴らしかったですが、それよりさらに素晴らしいのが伴奏のジョン・バトリック。音符を音にするというのではなく、音符に潜む魂を音にしていくような素晴らしい演奏。歌手と伴奏の息もピタリとあって歌曲は絶品。そして2曲収められたピアノ独奏の曲も歌曲以上の素晴らしさ。これほど見事な演奏が埋もれているとは人類の損失に他なりません。もちろん全曲[+++++]とします。歌曲が好きな方はもちろん、ピアノソナタの好きな方、このアルバムを見逃してはなりません。いつもながらですが手にはいるうちにどうぞ。


【新着】リサ・ラーションのアリア集(ハイドン)

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リサ・ラーション(Lisa Larsson)のソプラノ、ヤン・ヴィレム・デ・フリエンド(Jan Willem de Vriend)指揮のコンバッティメント・コンソート・アムステルダム(Combattimento Consort Amsterdam)の演奏で、「レディー・ファースト」と名付けられたハイドンのオペラ・アリア集SACD。収録は2012年1月10日から11日、2012年8月24日から27日、アムステルダムのシンゲル教会(Singelkerk)でのセッション録音。レーベルは蘭CHALLENGE CLASSICS。
このアルバム、リリースされたばかりですが、amazonしか取扱いがありません。
リサ・ラーションははじめて聴く人。コープマンのバッハのカンタータ集などで歌っている人との事。1967年スウェーデンに生まれたソプラノ歌手。最初はフルーティストだったようですが、バーゼルで学び、1993年からチューリッヒ歌劇場のメンバーとなり、フランツ・ウエルザー=メスト、ニコラウス・アーノンクール、クリスト・フォン・ドホナーニなどと共演。スカラ座では1995年にムーティの魔笛でパパゲーナを歌うなど、以降ヨーロッパの歌劇場で活躍しています。
指揮者のヤン・ヴィレム・デ・フリエンドは1962年、オランダのライデン生まれの指揮者、ヴァイオリニスト。アムステルダム音楽院、ハーグ王立音楽院などで学び、1982年にこのアルバムのオケであるコンバッティメント・コンソート・アムステルダムを設立、17世紀から18世紀の音楽を中心に演奏し、多くの録音も残しています。アルバムへの記載はありませんが、古楽器オケのようですね。
Hob.XXIVa:10 / Scena di Berenice "Berenice, che fai" ベレニーチェのシェーナ「ベレニーチェ、何をしようとしているのか?」 [D-f] (1795)
この曲はハイドンが第2回のロンドン旅行で交響曲99番から104番を作曲していたころに作曲されたもの。当時のイタリアの名ソプラノ、ブリギッタ・ジョルジ・バンティのために書かれた曲。恋人の死を嘆き、霊があの世に旅立つ際、連れて行ってほしいと乞う場面を歌った劇的な内容。
最新の鮮明な録音。すこし狭い響きの少ない教会で、残響を活かして収録されている感じ。オケは古楽器らしい鋭い響き。かなりアクセントがハッキリ刻まれれた、劇的な曲調を踏まえた演奏。特に抑えた部分の繊細なコントロールが素晴しいですね。古楽器オケの演奏としてはかなり表情の濃いものですが、くどい感じはありません。ラーションのソプラノは可憐さを主体に、声量はそこそこながら、非常に艶やかで、語りと歌の表情の変化のコントロールが巧み。クライマックスに向けた盛り上げ方も見事。線は細いものの、その良さを感じさせる好きなタイプのソプラノ。かなりの実力派とみました。
Hob.XXVIII:12 / "Armida" 「アルミーダ」 (1783)
アルミーダの序曲。ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート各1、ホルン、バスーン、オーボエ各2と小編成による演奏。クリアな響きで、かなりリズムを強調した演奏。中間部の沈みこみも深く、劇的な演奏。古楽器ではフスの演奏が印象に残っていますが、響きの純度は近いものの、かなり劇性を強調しています。これはこれで悪くありません。
Hob.XXVIII:13 / "L'anima del filosofo, ossia Orfeo ed Euridice" 「哲学者の魂、またはオルフェオとエウリディーチェ」 (1791)
つづいては、ハイドン最後のオペラ、そしてエステルハージ家のため以外に書かれた唯一のオペラ「哲学者の魂、またはオルフェオとエウリディーチェ」の2幕からの3曲。レチタティーヴォにつづいてしっとりと歌われるエウリディーチェのしっとり語るような魅力ある歌唱が聴き所。
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」 [E flat] (c.1789)
当ブログでもかなりの演奏を取りあげている演奏。数えてみるとこれで13演奏目。通常ピアノ伴奏で歌われる事が多いですが、オケによる伴奏版。これまでではバルトリ/アーノンクール盤、オジェー/ホグウッド盤のみがオケによる伴奏を採用しています。語るように柔らかく寄り添うオケ。ラーションは感情を表に出すのではなく、淡々と美しい声で歌い上げていきます。途中からオケのキレが良くなり、緊迫感が増しますが、ラーションはしなやかな歌で諌める感じ。オケの表現の幅の広さと歌の美しさが聴き所でしょう。
Hob.XXVIII:9 / "L'isola disabitata" 「無人島」 (1779)
つづいて歌劇「無人島」から序曲とアリア。序曲は、先程のアルミーダ同様、小編成オケのキレの良さ全開。このキレ、以前取りあげたヌリア・リアルの伴奏を担当したミッヒ・ガイックの振るオルフェオ・バロック管弦楽団に近いものがありますね。畳み掛けるように攻め込み、金管は炸裂、ハイドンの序曲のスペクタクルな音楽を聴き応え十分に演奏します。
アリアは第1部のシルビアのアリア「甘い錯乱のなかで」という曲。タイトル通り、実に甘い雰囲気の優雅な音楽。これまでの曲の中では一番ラーションの声質に合っています。美しいソプラノにうっとり。
Hob.XXVIII:5 / "L'infedeltà delusa" 「裏切られた誠実」 (1773)
サンドリーナのアリア、"E la pompa un grand'imbroglio"とありますが、神々しく祝祭的な序奏からはじまるカンタータの様な曲。自動翻訳にかけると「ポンプはまったくの詐欺」とのこと(笑)ラーションのいろいろなタイプの歌が楽しめると言う意味ではなかなか良い選曲。
Hob.XXIVb:3 / Aria di Nannina "Quando la rosa" for for Pasquale Anfossi's "La metilde ritrobata", Act 1 Scene 7 「薔薇に刺がなくなったら」アンフォッシの歌劇「メティルデの再会」への挿入曲 [G] (1779)
この曲、ライナーノーツのホーボーケン番号はXXXIVb:3ですが、曲名などからこれは誤りで、XXIVb:3でしょう。ハイドンが別の作曲家のオペラのために書いた挿入アリア。コケティッシュなラーションの魅力が際立ちます。(ハート)
Hob.XXVIII:5 / "L'infedeltà delusa" 「裏切られた誠実」 (1773)
最後は再び「裏切られた誠実」からヴェスピーナのアリア"Trinche vaine allegramente"。自動翻訳にかけても良くわかりません。最後は陽気に騒ぐ場面。まさにオペラの一場面のような臨場感です。
リサ・ラーションの歌うハイドンのオペラアリア集。ラーションは良く磨かれた非常に美しい声の持ち主。迫力はほどほどですが、艶やかな声質と高音の美しさはなかなか。好きなタイプの声です。ハイドンのオペラの名場面を、古楽器の表現力豊かなオケにあわせて華麗に歌い上げます。最新録音のSACDということで録音も万全。これまでヌリア・リアルの素晴しい歌曲集をおすすめしてきましたが、このアルバムも負けず劣らずです。このアルバムの魅力はヤン・ヴィレム・デ・フリエンド指揮のコンバッティメント・コンソート・アムステルダムの伴奏にもあり、まさに曲、歌、伴奏の三拍子そろった名盤でした。評価は全曲[+++++]とします。歌曲好きの皆さん、これは買いです!


tag : ナクソスのアリアンナ 古楽器 オペラ SACD
カウンターテナー、デイヴィッド・DQ・リーによるナクソスのアリアンナ(ハイドン)
リハビリの一枚。日曜日に歌舞伎見物に歌舞伎座に行く途上、見識あるクラシックファンのたしなみとして山野楽器の2階でひとときを過ごし、その時発見した未入手盤。

デイヴィッド・DQ・リー(David Dq Lee)のカウンターテナー、ヤニック・ネゼ=セガン(Yannick Nézet-Séguin)のピアノによる歌曲を集めたアルバム。ベートーヴェンやモーツァルト、ヘンデル、その他の作曲家の歌曲を集めたアルバムですが、その中にハイドンの「ナクソスのアリアンナ」が収められています。収録は2004年2月2日から4日にかけて、カナダのケベック・シティーの北東にあるサンティレネ(Saint-Irénée)という街のフランソワーズ・べルニエ・ホールでのセッション録音。レーベルは加ATMA。
ATMAレーベルはマルク・デストリュベのヴァイオリン協奏曲の素晴しい演奏が記憶に新しいところ。なんとなく相性のいいレーベルとの印象があります。今日は世にも珍しいカウンターテナーでの「ナクソスのアリアンナ」。曲自体はハイドンの歌曲のなかでも名曲故、手元にはこのアルバムを含めて21種の演奏がありますが、カウンターテナーが歌ったアルバムははじめて。通例メゾソプラノもしくはソプラノが歌うレパートリーであります。
歌手のデイヴィッド・DQ・リーは韓国のカウンターテナー。バンクーバー音楽アカデミーで学び、メトロポリタン歌劇場の評議会の主催するオーディションの最終選考に残るなどして有名になりました。その後カナダやアメリカで活躍しています。
ピアノのヤニック・ネゼ=セガンは今は指揮者として有名な人でしょう。1975年にカナダのモントリオールに生まれ、ケベック音楽院モントリオール校でピアノと室内楽を学ぶ一方、プリストンで合唱指揮を学びました。以後カナダ、ヨーロッパのオケで経験を積み2006年からロッテルダム・フィルの音楽監督、2007年からロンドンフィルの首席客演指揮者となり、2010年からはフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督に就任しています。指揮者として1997年から98年にかけてジュリーニの指導を受けており、大きな影響を受けているそう。このアルバムではピアノ伴奏を担当していますが、貴重なアルバムかもしれません。指揮者でも見事な伴奏を聴かせる人も少なくありませんので。
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」 [E flat] (c.1789)
指揮者の弾くピアノはディテールではなく骨格の表現にすぐれるという経験則のとおり、ヤニック・ネゼ=セガンはじつにしっとりとしたピアノの伴奏から入ります。かなりテンポを落とし、入りの情景をコントロールしているよう。リーのカウンターテナーは、ソプラノとはまた違った独特の響きを聴かせます。声はのびのびとして、セガンのピアノに乗ってゆったりと歌います。カウンターテナー独特の低い帯域に艶ののった声ですが、高音の伸びは悪くありません。ピアノが叙情的にかなりゆったりと進む分、リーも伸び伸びと歌うことができます。リーのカウンターテナーも印象的ですが、セガンのピアノもぐっと惹き付けられるものがあります。
4部構成のこの曲、セガンのきっちり構成を押さえたピアノによって、楽章の変化もクッキリついていい感じ。リーのカウンターテナーは徐々に調子が上がり、高音の張りの良さを聴かせるようになってきました。徐々にテンションが上がり、力強さと、突き抜ける高音はなかなかのもの。ただし、純音楽的には素晴しい歌唱なんですが、この曲の恋人を思う激しい情感の心理面では、どうしても男性のカウンタテナーが歌っているというところの印象が残ってしまいます。バッハの曲でカウンターテナーが参加するというのと、ちょっと印象が異なります。
最後の穏やかな曲調から入るアリアは、ピアノの穏やかな表情を支えに、リーが音域と声量、テクニックを駆使して、聴き応え十分。切々たる歌唱を最後は明るい和音で終わるところの面白さを踏まえた演奏。
リハビリにしては変わり種を取りあげましたが、曲を多角的に聴くとと言う意味では面白いアルバム。リーのカウンターテナーはテクニック、声の艶、声量とも申し分ありません。伴奏のセガンはじっくりこの曲を料理している感じで、音楽的にはセガンが主導権を握っている演奏でした。なんとなくこの曲は女性が歌うべき曲だというイメージを払拭できなかったのも正直な所。評価は[++++]としておきましょう。


tag : ナクソスのアリアンナ
リースベト・ドフォス/リュカス・ブロンデールの「ナクソスのアリアンナ」など

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リュカス・ブロンデール(Lucas Blondeel)のピアノ、リースベト・ドフォス(Liesbeth Devos)のソプラノで、ハイドンのピアノソナタ(XVI:49)、ファンタジア(XVII:4)、ピアノソナタ(XVI:48)、カンタータ「ナクソスのアリアンナ」、アンダンテと変奏曲(XVII:6)の5曲を収めたアルバム。収録は2009年12月28日から31日、ベルギー、ブリュッセルのフラジェ・スタジオ1。ライナーノーツには音響のいいスタジオとして知られていると記載されています。レーベルはcypres。シプレーと読むそう。
このアルバム、先日新宿タワーレコードに立ち寄った際、マーキュリーが輸入するアルバムがセールになっていたので、すかさず未入手のハイドンのアルバムを探して求めたもの。輸入盤の方が安いのですが、マーキュリーの輸入するアルバムは解説が充実しているので、つい国内仕様盤を手に入れてしまいます。
このアルバムにもライナーノーツに記載されたピアニストのリュカス・ブロンデールの長文の解説やナクソスのアリアンナの歌詞等つけられていて、このアルバムの理解を深めるのに役立ちます。英文も辞書を引きながら読めない訳ではありませんが、最近老眼が進み、小さい字の英文はかなりしんどいです(苦笑)
さて、このアルバム、よく見るとアルバムのタイトルは「マリアンネに」と気になるもの。以前取りあげた、ヌリア・リアルのアルバムを思い起こさせます。
2010/11/06 : ハイドン–オペラ : ヌリア・リアルのオペラ挿入アリア集
このアルバムタイトルのマリアンネとは、ハイドンが晩年に恋心を抱いた、マリア・アンナ・フォン・ゲツィンガーという人の事。ハイドンの同僚のゲツィンガーという医師の夫人。ハイドンが57歳の1789年、マリアンネ夫人からハイドンに届いた1通の手紙にはハイドンの作品をピアノ独奏曲に夫人自身が編曲した楽譜がそえられていました。その出来の見事さに驚いたハイドンが返事を書いたことから文通がはじまり、ハイドンの恋心に火がついたのですが、それから4年後のマリアンネ夫人の急死によって、静かな友愛は終わりを迎えたとの事。その間、ハイドンの作曲活動は頂点を極めた時期にあたります。1790年にはニコラウス・エステルハージ候が亡くなり、ウィーンに転居した後、第1回目のロンドン旅行に出発、翌1791年にはロンドンでザロモン演奏会が開かれ、交響曲の93番から98番までが作曲されました。
このアルバムに収められた曲もすべて、この4年間に作曲された曲で、ハイドンがマリアンネ夫人のことを想ってかいたと想像される曲が選ばれています。詳しくはこのアルバムを実際に手に入れて解説を読まれるのがよいでしょう。
演奏者ですが、2人ともベルギーの人。ピアノのリュカス・ブロンデールは1961年ベルギーのブリュッセル生まれ。アントウェルペン音楽院、ベルリン芸術大学などで学び、アントウェルペンで開かれたエマニュエル・デュルレ国際ピアノコンクールで優勝、ベルリンで開かれたシュナーベル・コンクールで3位、チューリヒで開かれたクルト・ライマー・コンクールで優勝などの経歴があります。ソロ活動や室内楽や歌曲の伴奏などにも感心が高く、バイロイトで開かれたラ・ヴォーチェ・コンクールでは最優秀伴奏者賞を受賞。また古楽器の演奏をインマゼールとバルト・ファン・オールトなどに師事し、古楽のアプローチを現代楽器でも生かしているとのこと。
ソプラノのリースベト・ドフォスは1983年オランダのベーフェレン=ワースの生まれ。ベーフェレン=ワースの音楽舞台芸術大学、アントウェルペン音楽院、エリザベート王妃音楽院などで学び、地元オランダを中心に歌劇場で活躍しています。
2人は2004年以来デュオを組んでベルギー、オランダ、ドイツ、フランス、スペインなどで活躍しているとのことです。
Hob.XVI:49 / Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
最初はソナタ。ピアノはなんとヤマハ(YAMAHA CFIIIS)です。響きのよいスタジオとのふれこみ通り、PHILIPSレーベルがラ・ショー=ド=フォンで録ったような磨き抜かれた宝石のような音色。適度な残響が非常に美しい録音。中低音のちょっとゴリッとした感触がヤマハの特徴でしょうか。リュカス・ブロンデールのピアノはハイドンの曲の面白さを適度に表現する、ブレンデルの演奏に近いもの。ブレンデルよりも全体の流れの良さを意識してかテンポが全般に速めで、メリハリはかなり付けているのに爽やかな印象を残しています。この曲はハイドンがマリアンネ夫人のために書いた曲であるとハイドンの手紙に書かれ、2楽章の深い情感がハイドンのマリアンネ夫人に対する想いを現しているようです。ブロンデールのピアノはその想いを美しい想い出にしたようなキラキラした美しい演奏でまとめます。フィナーレもいい意味で軽妙なタッチが、ハイドンの想いを昇華させるような、爽やかな演奏。
Hob.XVII:4 / Fantasia (Capriccio) op.58 [C] (1789)
この曲はハイドンがロンドンでの出版のため、楽譜をマリアンネ夫人に送ってもらったとされています。軽妙な曲想とブロンデールの爽やかな語り口が合って、ユーモラスな表情の面白さが味わえます。
Hob.XVI:48 / Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
マリアンネ夫人との文通をはじめる前に作曲がはじめられた作品。女性に想いを馳せながら書いた曲だと知って聴くと、なるほどこの研ぎすまされたハイドン成熟期の音楽の美しさの理解も深まります。ブロンデールは起伏は大きくないものの、磨かれたピアノの響きで詩情溢れる演奏。
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」 [E flat] (c.1789)
ブロンデールのピアノは、流石、最優秀伴奏者賞を受賞しただけのことはあります。静けさのなかに情感がこもった穏やかな伴奏から入り、歌手を引き立てることに細心の注意が払われています。ソロとはまた違ったブロンデールのピアノの魅力が見えました。ソプラノのリースベト・ドフォスはちょっと芯の堅い癖のある声ですが、声量とヴィブラートが良くかかった響きは魅力です。表情を抑えながらも雄弁なブロンデールのピアノに乗って、絶唱。安定感は文句なしですが、声質が強いせいか、歌自体に少々固さが感じられます。もう一段リラックスして力を抑えた方が歌に余裕が出るのではと感じた次第。
Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
そして最後は名曲です。なんとこの曲、マリアンヌ夫人が亡くなった直後に書かれ、この曲独特の深みは、マリアンヌ夫人を失った深い悲しみを現しているのではないかとされています。ブロンデールのピアノはやはり、ことさら重くなる事はなく、磨かれた美音で淡々とすすめていきます。かえってこうした抑えた表情の方が、深い悲しみを表すように感じられるのが不思議なところ。ハイドン自身が本当にどう感じていたのかは、今となってはわかりませんが、やはり禁断の恋の終わりを透徹した美しさで昇華させたというところではないでしょうか。
このアルバムの解説はブロンデール自身によって書かれていますが、非常に面白い。こうした曲の背景を理解してまとめられた企画ものは貴重ですね。最新の鮮明な録音で、ピアノの美しい響きとキリリと締まったソプラノの美しい響きを味わえるいいアルバムであることは間違いありません。実力派のベルギー人デュオによるナクソスのアリアンナも感慨深いもの。評価はピアノソナタ2曲とアンダンテと変奏曲が[+++++]、他2曲は[++++]とします。


tag : ピアノソナタXVI:48 ピアノソナタXVI:49 ファンタジアXVII:4 ナクソスのアリアンナ アンダンテと変奏曲XVII:6
ジャネット・ベイカーの「ナクソスのアリアンナ」オールドバラ音楽祭ライヴ

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ジャネット・ベイカー(Janet Baker)のメゾ・ソプラノによる歌曲のオールドバラ音楽祭のライヴ音源を集めたアルバム。この冒頭におかれたハイドンの「ナクソスのアリアンナ」が今日取り上げる曲です。収録は1970年6月11日、イギリスのオールドバラからちょっと内陸に入ったスネイプという街のモールティングスというコンサートホールでのライヴ。ピアノ伴奏はジョン・コンスタブル(John Constable)という人。レーベルはご存知BBC LEGENDS。
このモールティングスと言うホールは以前はビールの醸造に使われていた建物をコンサートホールやショッピングモールに改修したものとのことで、オールドバラ音楽祭のメイン会場の一つという事です。
ジャネット・ベイカーはクラシックを聴く人は知らない人はいないでしょう。1933年生まれのイギリスのメゾ・ソプラノ。バロック音楽から初期イタリアオペラ、そしてベンジャミン・ブリテンの作品を得意としているとのこと。私はむしろマーラーの大地の歌で記憶に残っているひと。クーベリック盤やケンペ盤での落ち着いた歌唱が印象的でした。
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」 [E flat] (c.1789)
落ち着き払ってじっくり入るピアノの伴奏が非常にいい感じ。コンスタブルのピアノは宝石のようにきらめきながらも抜群の安定感です。ライヴらしい暗騒音の中に浮かび上がるピアノの存在感が際立ちます。1970年のライヴ録音としてはなかなかいい方でしょう。ベイカーは控えめに究極的にリラックスしてゆったり入ります。のベイカーの声はピアノより奥にいるのではないかと思えるほど控えめ感じで少し遠めに定位。しっかりと芯を感じる筋の通った歌唱。冷徹な色気とでもいうような気配が漂います。どこか懐かしさがただようような曲想をゆったり歌い上げていきます。
つづくアリアでもピアノの存在感は素晴らしいものがあります。ベイカーの声はしっかりした芯がキリッとした印象を与え、歌の強さを誇示せんばかり。メロディーラインがはっきりしてくると、主旋律をクッキリ浮かび上がらせるようにはっきりと歌います。
続くレチタチィーヴォは激しい曲調が特徴ですが、やはりピアノが表情豊かにリード。この伴奏の雄弁さはこの演奏の聴き所でしょう。ベイカーの声は張りと突き抜けるような上昇感が感じられ、まさに全盛期のものでしょう。この楽章は素晴らしい覇気が伝わります。ピアノの表情づけに合わせながらベイカーが合わせている感じです。
そして最後のアリアは、ベイカーが渾身の力で熱唱。聴き慣れた落ち着いた曲を伴奏が奏で、そしてベイカーが入ります。ベイカーはこの曲中でもっとも声量を振り絞った歌唱。いつもながら最後に明るい音調に転調して終わる絶妙な曲。最後は嵐のような拍手に迎えられています。
ジャネット・ベイカーの歌うハイドンの名歌曲「ナクソスのアリアンナ」。正直に言うとこのアルバムでの聴き所はピアノです。ベイカーの歌唱も決して悪くありませんが、この演奏でのピアノの雄弁さ、存在感、きらめき、そして落ち着きは素晴らしいものがあります。演奏を良く聴くとやなり主導権の握るのはピアノに間違いありません。優秀なピアノ伴奏によるナクソスのアリアンナといっても過言ではないでしょう。それゆえ歌曲としてお薦めであるかと問われると他にもいいアルバムが沢山あるため、評価は[++++]としておきます。
先週、オーディオラックを買い替えました。これまではイタリア製のSolid Steelの3段のものでしたが、実家でラックが欲しいというのでそれを譲り、最近発売されたADKのラックに。ラックを変えると結構音が変わりますね。今までは明るく伸びやかな音でしたが、ラックを変えると、少しデッドながらも音が彫刻的に立ち上がるように。前の音の方が気楽な感じでしたが、今日のベイカーのアルバム等、ライヴの定位とざわめきがより臨場感溢れる感じに変わりました。変えたばかりのラックの勇姿を最後に。

tag : ナクソスのアリアンナ ライヴ録音 オーディオ
アンドレア・フォラン/トム・ベギンによるハイドンの歌曲集

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アンドレア・フォラン(Andrea Folan)のソプラノとトム・ベギン(Tom Beghin)のフォルテピアノによるハイドンのドイツ語による12曲の歌曲集第1集と名作「ナクソスのアリアンナ」を収めたアルバム。収録は1995年3月21日~23日、ニューヨーク州でもカナダにだいぶ近いイサカにあるコーネル大学セージチャペルでのセッション録音。レーベルはBRIDGEというアメリカのレーベル。今日はこの中から「ナクソスのアリアンナ」を取りあげましょう。
ソプラノのアンドレア・フォランはアメリカ、ペンシルベニア州ランカスター生まれでドイツ育ちのソプラノ歌手。ベルギーのブルージュ古楽フェスティバルに出演したり、オランダ古楽ネットワークの支援でオランダツアーを行ったりしているようです。数々の古楽アンサンブルとの共演歴があり、ヘンデルのメサイア、ハイドンの天地創造、バッハのミサ曲などのソリストとしても活躍しているようです。ライナーノーツによればこのアルバムがフォランのデビューアルバムとのことですね。
以前取りあげた時にトム・ベギンをちゃんと紹介していませんでした。大学はベルギーのブリュッセル近郊のルーヴェンのレネス大学でアラン・ワイスにピアノを学び、その後スイス政府、ロータリー財団の奨学金を得てバーゼル音楽院でルドルフ・ブッフビンダーとともに働いた。その後スコラ・カントルム・バジリエンシスに所属していた時にフォルテピアノに興味をもつようになり、コーネル大学でマルコム・ビルソンの指導のもと18世紀の音楽の研究で博士課程を終え、論文はハイドンのクラヴィーア・ソナタの解釈についてという生粋のハイドン研究者。NAXOSのDVDでハイドンの手紙や基礎文献にまで触れて曲の背景を暴き出そうとしていたのにはこうしたバックグラウンドがあってのことだった訳ですね。
トム・ベギンはこのアルバムではフォルテピアノを弾いて歌曲の伴奏を担当していますが、後のソナタ集にも通じる自在なテンポで曲をかなり自由に弾いている感じですね。のちの大化けの片鱗が垣間見える感じですね。
ナクソスのアリアンナはこのブログでも8種の演奏を取りあげていますので、曲の解説などは下記をご覧ください。いや、ずいぶん取りあげた事になりますね。
2011/09/21 : ハイドン–声楽曲 : レナータ・スコットの「ナクソスのアリアンナ」
2011/08/17 : ハイドン–声楽曲 : アンネ・ゾフィー・フォン・オッターの歌曲集
2011/07/03 : ハイドン–声楽曲 : ベルナルダ・フィンクの「ナクソスのアリアンナ」など
2011/06/24 : ハイドン–声楽曲 : ジェーン・エドワーズの歌曲集
2011/03/19 : ハイドン–声楽曲 : 【新着】エマ・カークビーの歌曲集
2010/10/17 : ハイドン–声楽曲 : 白井光子の「ナクソスのアリアンナ」
2010/08/08 : ハイドン–声楽曲 : アンナ・ボニタティバスのオペラアリア集(つづき)
2010/08/03 : ハイドン–声楽曲 : ベルガンサの歌曲ライヴ
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」 [E flat] (c.1789)
冒頭のアダージョはゆったりと雅な響きを楽しむようなベギンのフォルテピアノの伴奏。とぼとぼと回り道をしながら散歩するような伴奏。フォランのソプラノも落ち着いて語りかけるような歌い方。輝きはほどほどながらほどよく艶っぽい透明感ある美しい声。確かに古楽器との相性のいい声ですね。自然な発声も静かに歌曲を楽しむのに絶好の演奏。チャペルの広い空間に透明なソプラノとフォルテピアノの雅な響きが拡散し消えてゆくようすがよくわかるなかなかいい録音。ベギンのソナタ集の人工的に残響を付加された録音とは異なり、非常に自然な定位感。ベギンはソナタ集でのある意味攻める演奏とは異なり、この頃は余裕たっぷりに伴奏に徹する、こちらも大人な演奏。
続くアリアはフォルテピアノの活き活きとメリハリをつけたフレージングに、起伏を強調しすぎないフォランの歌声が乗って、どちらかと言うとフォルテピアノがリードするような感じ。明らかにベギンが主導権を握っていることがわかります。徐々に曲想が激しさを増しますがフォランは一貫して落ち着いた歌唱。
レチタティーヴォはフォランの歌いながらの嘆きではなく、語りながら控えめに嘆くところが特徴的。歌手によっては突き抜けるような輝かしい声が聴かれるところですが、ダイナミックレンジはそこそこ控え目といったところでしょう。
最後のアリアは導入部から絶妙に美しい曲をベギンがフォルテピアノの自在な演奏から紡ぎ出します。フォランはここでも一貫して透明な美しい声色で聴かせる歌唱。最後はこのアルバムで最も力の入った歌唱で終わります。もう少しメリハリと声量があれば言うことなしですが、デビューアルバムとしてはこれだけの美声ということで十分でしょう。
トム・ベギンは95年当時からやはりキレてました。ハイドンに対する深い理解が感じられる自在な機知と余裕のある表現。フォランはテクニック的にはまだまだ磨くところはあるものの透明感のある素朴で美しい声。ハイドンの歌曲に良くマッチしています。評価は[++++]というところにしておきましょう。ベギンのフォルテピアノはかなりいい線言っていると思います。
NAXOSの全集もまだまだ聴き込んでいませんので、こちらも何回かに分けて異なる楽器と、異なるロケーションのヴァーチャルな響きを楽しみたいと思います。
tag : ナクソスのアリアンナ 古楽器
レナータ・スコットの「ナクソスのアリアンナ」

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レナータ・スコット(Renata Scotto)のソプラノ、エデルミロ・アルナルテス(Edelmiro Arnaltes)のピアノによるハイドン、ドニゼッティ、フォーレ、プッチーニの歌曲集。ハイドンは最も有名な歌曲である「ナクソスのアリアンナ」です。収録は1991年9月19日~22日、おそらくrtveというスペインの放送局のスタジオでのセッション録音。レーベルはrtve Músicaというはじめて手に入れるレーベル。
レナータ・スコットは言わずと知れたイタリアのソプラノ歌手。といっても私自身は名前は良く知っているもののあまりなじみのある歌手ではありません。1932年イタリア北東部のサヴォーナ生まれということで、今年77歳ということになります。2002年には舞台から引退して、今はオペラ学校で教鞭をとっているとのこと。このアルバムの収録時は59歳ということになります。アルバムの声を聴いてからこの声が60歳近い人の声とは信じられないエネルギーと張り、伸び。鍛えぬかれた人だけがもつ素晴らしい声であることがわかります。
ピアノのエデルミロ・アルナルテスは全く知らない人。ちょっと聴くと非常に変わったビアノ伴奏です。
このアルバムも「ナクソスのアリアンナ」以外はロマン派以降の作品。なぜこのアルバムにハイドンが含まれているのかはわかりませんが、得意としていたのかもしれません。
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」[E flat] (c.1789)
「ナクソスのアリアンナ」はこのブログではもう何回も取りあげています。過去の記事はPC版のブログの左のユーザータグ上で「ナクソスのアリアンナ」をクリックしていただくと、過去に取りあげたレビューが表示されますので、ご覧になってください。これまでのレビューで曲の解説などにも触れています。
入りはアルナルテスのとぼとぼと途切れるようなピアノ伴奏が非常に印象的。曲本来のもつ劇的な感じをあまり予感させず、ちょっとたどたどしさを感じさせるような伴奏。スコットの入りは落ち着き払ったコントロールですが、ちょっと音が強くなった部分にさえ牙が見えるよう。鋼のような良く通る声の片鱗が見え隠れします。もちろん若々しい弾む感じはもはやないものの、声の質と伸びは素晴らしいですね。流石名ソプラノでならしただけのことはあります。これはスコットの熟練の技を聴くべき演奏ですね。テンポは非常にゆったり。録音はスタジオ収録らしくかなりデッド。特にピアノの響きがちょっと貧弱。響きのよいホールでの収録だったらよりスコットの声を楽しめたかもしれません。この演奏の欠点ははっきり言うとピアノでしょうか。詩的な感じはするものの、やはりちょっと平板さが気になってしまいます。ピアノによってはもう少し豊かな音楽になったことと思います。劇的な展開ではなく、叙情詩を静かに詠むような展開と言えばいいでしょうか。
後半に入ると、伴奏のノリに関係なくスコットのすばらし盛り上がり。良く知った曲だけに曲の展開が遅めのテンポでじっくりすすむのは気になりませんが、スコットの素晴らしい張りのある声とある意味ちょっと引いたピアノの演奏のギャップが最後まで気になってしまいました。
名ソプラノ、レナータ・スコットの晩年の録音によるハイドンの名曲「ナクソスのアリアンナ」はスコットの年輪と円熟、気迫を感じると同時に、ちょっと伴奏とのギャップ(主に伴奏の問題)とデッドな録音が気になるアルバムでした。評価は[+++]とします。
明日は、ヨッフムの1951年の天地創造ライヴの第二部、第三部を取りあげる予定です。
tag : ナクソスのアリアンナ 歌曲
キャサリーン・ボット/メルヴィン・タンの歌曲集

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キャサリーン・ボット(Catherine Bott)のソプラノによるハイドンの歌曲をまとめたアルバム。伴奏はメルヴィン・タン(Melvyn Tan)のフォルテピアノ、ヴァイオリンがアリソン・バリー(Alison Bury)、チェロがアンソニー・プリース(Anthony Pleeth)、フルートがリザ・ベズノシウク(Lisa Beznosiuk)、ハープがフランシス・ケリー(Frances Kelly)。収録曲目はスコットランド歌曲集から7曲、英語によるカンツォネッタ集から3曲、天地創造の第一部のガブリエルのレチタティーヴォとアリア、そしてナクソスのアリアンナと名曲ぞろい。収録年、場所の記載がないのですが、Pマークは1985年なのでその前の録音でしょう。レーベルは先日フー・ツォンの素晴らしいピアノソナタの録音で存在感を示した英Meridian。
このアルバムは最近手に入れたものでが、気になったのは上のジャケット写真の右上の25という数字。よく見るとMeridianレーベルの25周年を記念して再発されたうちの何枚かの1枚。レーベルのアニヴァーサリーを記念して再発されるということは、マイナーで廃盤となりながらも再発、しかも記念碑的な価値を持つ演奏であるとの読み。
実は手に入れてちょい聴きしたときにはあまり印象に残らなかったんですが、この週末に所有盤リストに登録すべくライナーノーツなどを眺めながら聴き直してみたところ、これが素晴らしい演奏でした。やはりきちんとした演奏には音楽に向き合って真剣に聴かなくてはなりませんね。ご存知のようにこのブログを書き始めてから歌曲の魅力にハマり、ハイドンの歌曲は結構集めてます。人の声の魅力の素晴らしさを再認識。
このアルバムは今まで聴いてきた歌曲の聴き方に対する認識を改めさせるような演奏でした。詳しくは各曲のレビューで。
キャサリーン・ボットは1952年イギリス生まれの古楽と現代音楽もこなすソプラノ歌手。古楽のレコーディングも多くイギリスでは有名な人のよう。BBCのラジオ3でEarly Music Showという番組を持っているようですね。聴くとキリッと良く通るイギリスらしい美しい声。彼女自身のサイトへのリンクを張っておきましょう。超シンプルなサイト。
Catherine Bott(英文)
メルヴィン・タンは先日アンネ・ゾフィー・フォン・オッターの歌曲の伴奏者としてレビューで紹介したばかり。シンガポール生まれのフォルテピアノ奏者です。彼のサイトも張っておきましょう。
Melvyn Tan - 2011(英文)
さて、肝心の演奏。
最初の7曲はスコットランド歌曲集から。全曲歌かと思いきや、歌なしの曲もあり、意外と歌のない曲も素晴らしい演奏なんですね。
Hob.XXXIa:10 - JHW XXXII/1 No.10 / "The ploughman" (Robert Burns)
最初はタンのフォルテピアノとガット弦のヴァイオリンの伴奏に乗ったボットの歌。録音の良さを売りにしているMeridianレーベルらしく鮮明な録音。近くに鮮明に定位するソプラノとヴァイオリン。比較的デッドな音場なのでゆったり感があんまり感じられないんですが、ヴォリュームを上げて聴くと素晴らしい迫力。ボットの歌はイギリスならではの発声で歌曲の上手い歌い方というより、まさに民謡のような素朴なもの。高音の伸びと芯のある美声が特徴。
Hob.XXXIa:59 - JHW XXXII/1 No.59 / "The bonny brucket lassie" 「すてきな彼女、とてもやさしく」 (James Tytler)
2曲目を聴いてビックリ。歌はなくフルートとハープによる絶妙に美しい曲。地元の人がイギリスというかスコットランドへの郷愁を感じるのかはわかりませんが、我々日本人にはスコットランドへの憧れを感じる素晴らしいメロディー。2分少しの間に心はスコットランドにトリップ。何という素朴な美しさ。
Hob.XXXIa:73 - JHW XXXII/1 No.73 / "Logie of Buchan"
前曲で郷愁スイッチがオン。続く曲はヴァイオリン、チェロ、フルート、ハープば伴奏に加わり、ボットの良く通る声で歌われる素朴なスコットランド民謡。Meridianがこのアルバムを創立25周年に再発した理由が何となくわかりました。イギリス人はこれを聴いてどう思うのか聞いてみたいですね。
Hob.XXXIa:77 - JHW XXXII/1 No.77 / "My heart's in the Highlands" (Robert Burns)
再び器楽のみ。ヴァイオリンとチェロとタンのフォルテピアノによるスコットランド民謡の素朴なメロディー。2曲目と同様その素朴な美しさに心を奪われます。技術をベースとした音楽だけではない音楽の素晴らしさ。
Hob.XXXIa:44 - JHW XXXII/1 No.44 / "Sleepy bodie"
普通の編成にもどり、ヴァイオリン、チェロ、フォルテピアノの伴奏による歌曲。ボットの歌は先日聴いたアンネ・ゾフィー・フォン・オッターの素晴らしい歌唱も良かったんですが、ボットの歌唱こそスコットランド民謡の本流のように感じるようになってきました。なんでしょうか、この素晴らしい説得力。スコットランドの魂が曲になったようです。
Hob.XXXIa:48 - JHW XXXII/1 No.48 / "O can you sew cushions" 「クッションを作れるか」
冒頭のフルートの音色から痺れます。ハープが加わり彩りが増し、ボットと弦楽陣も加わって聞き覚えのある曲を、語るように歌い上げていきます。冒頭のスコットランド歌曲集から深い深いじわりと心に響く感動。
Hob.XXXIa:22 - JHW XXXII/1 No.22 / "The white cockade" (Robert Burns)
スコットランド歌曲集からの最後はヴァイオリンとチェロによってバグパイプの音色を模したような不思議な曲。まさに本場の響きでしょう。この曲がオーストリアの片田舎から来たハイドンの編曲によるものというだけで驚き。素晴らしい7曲でした。
つづいては英語によるカンツォネッタ集から3曲。
Hob.XXVIa:25 / 6 Original Canzonettas 1 No.1 "The Mermaid's Song" 「人魚の歌」 [C] (1794)
聴き慣れた人魚の歌。既に耳はボットの素朴な歌とメルヴィン・タンのグランドマナーとは対極にある古めの音色のフォルテピアノによる軽い響きに十分に慣れています。歌の技術、録音、フォルテピアノの音色への視点がインターナショナルなものではなく、イギリスの民謡であることを今更ながらに思い知る演奏。素晴らしい素朴さ。
Hob.XXVIa:27 / 6 Original Canzonettas 1 No.3 "A Pastoral Song" 「牧歌」 [A] (1794)
前曲同様、スコットランド民謡とは異なり、少々フォーマルな歌曲ではありますが、にじみ出る郷愁。タンの伴奏は変化の幅はそこそこながら自在にテンポを動かして、非常にパーソナルな雰囲気で伴奏に徹します。曲の最後の装飾音はボットが遊びを効かせて。
Hob.XXVIa:31 / 6 Original Canzonettas 2 No.1 "Sailor's Song" 「船乗りの歌」 [A] (1795)
テンポの速い曲。ボットもタンも表現の幅が極まってます。迫真のライヴを聴くような素晴らしい盛り上がり。歌曲の真髄にせまるような迫力。このアルバムの聴かせどころでもあります。
Hob.XXI:2 / "Die Schöpfung" 「天地創造」 (1796-1798)
天地創造の第一部のハイライト。ガブリエルのアリアとその前のレチタティーヴォの1フレーズ。こちらは原曲の壮大な構造の中で癒しを感じられる曲ゆえ、オペラティックな歌唱が刷り込まれているので、聴き始めは違和感を感じましたが、このアルバムの中で聴くと不思議と、違う座標のなかに浮かび上がるこの曲の魅力が見えてくるような気がします。ボットの透き通るようなヴィブラートのほとんどかからない声を堪能。フォルテピアノ伴奏で自宅でガブリエルのアリアを楽しめる感じ。
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」[E flat] (c.1789)
最後は歌曲の大曲、ナクソスのアリアンナ。メルヴィン・タンの伴奏は最高。歌は先日のオッターとは全く異なる歌唱ながら、こちらも素晴らしい歌唱。歌手としての格はまったくちがいますが、例えて言うと「木綿のハンカチーフ」は太田裕美でなくちゃというくらいの説得力。美空ひばりが歌うと流石に絶品の上手さというのがオッターでしょう。なんだかめちゃくちゃな例えになっちゃいました。実はあんまりいいアルバムなので、先程からシングルモルトを少々。今日は先日ハイボール用に買ったスペイサイドのThe Glenlivet 12年。ちょっと効いてきましたね(笑)
ふとしたきっかけで手に入れたこのアルバム。素晴らしい出来です。歌曲が好きな人には絶対のおすすめ盤。ただし上に書いたように一聴するとさっぱりしたさりげない演奏に聞こえるかもしれません。歌曲をいろいろ聴いた違いのわかる方にすすめたいですね。評価は全曲[+++++]としました。この評価は視点がスコットランド民謡としてという明確な視点からのもの。演奏の質、歌の技術などの点からはまた異なる評価があるとは思いますが、心に響くという点では最近聴いたなかでもピカイチです。いいアルバムと出会いました。
tag : スコットランド歌曲 英語カンツォネッタ集 おすすめ盤 古楽器 歌曲 ナクソスのアリアンナ
アンネ・ゾフィー・フォン・オッターの歌曲集

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アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(Anne Sofie von Otter)のメゾソプラノとメルヴィン・タン(Melvyn Tan)のフォルテピアノで、モーツァルトの歌曲9曲とハイドンの歌曲、カンツォネッタ8曲を収めたアルバム。収録は1994年4月、ストックホルムのMusikaliskaでのセッション録音。収録曲は下記のレビューをご覧ください。レーベルは名門ARCHIV。
いつものようにWikipediaなどから略歴を紹介しておきましょう。アンネ・ゾフィー・フォン・オッターは1955年、ストックホルム生まれのスウェーデン人のメゾソプラノ歌手。非常に多くのアルバムで歌っているので知らない方はいないのではないかと思います。ロンドンのギルドホール音楽演劇学校で学び、その後ロンドンでジェフリー・パーソンズ、ウィーンでエリック・ウェルバに師事。1982年にバーゼル歌劇場と契約、1983年にハイドンの歌劇「オルランド・パラディーノ」のアルチーナ役でオペラデビュー。1985年にコヴェント・ガーデン王立歌劇場、1988年にメトロポリタン歌劇場にケルビーノ役としてデビュー。1987年にはスカラ座にも出演。オペラや宗教曲ではモンテヴェルディ、ヘンデル、モーツァルト、リヒャルト・シュトラウスのなどがレパートリー、リサイタルではブラームス、グリーグ、ヴォルフ、マーラーのリートなどを良く取りあげているようです。
フォルテピアノのメルヴィン・タンはシンガポール生まれのピアニスト。フォルテピアノもモダンピアノも弾くようです。良く来日しているようですのでご存知の方も多いでしょう。
この二人の組み合わせによるハイドンの歌曲集。このアルバムはその存在を知らず、偶然ディスクユニオン店頭で出会ったもの。フォン・オッターといえばカルロス・クライバーの「薔薇の騎士」のDVDのオクタヴィアンが有名ですね。芯の強い歌声、凛々しい風貌が魅力の人。
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" [E flat] (c.1789)
名曲「ナクソスのアリアンナ」。歌曲は好きなので今までもいろいろな人のこの曲を取りあげていますが、過去取りあげたこの曲の中で最も好きな演奏かもしれません。今までの演奏はPC用のレイアウトの左ペインのユーザータグで「ナクソスのアリアンナ」をクリックすると以前のこの曲を取りあげたレビューがすべてご覧いただけます。曲の紹介も以前の記事をご参照ください。落ち着き払ったタンのフォルテピアノの伴奏に乗って、凛々しオッターのメゾソプラノが静かにメロディーを描いていきます。オペラティックというよりはリートの延長のような歌。
Hob.XXVIa:25 / 6 Original Canzonettas 1 No.1 "The Mermaid's Song" 「人魚の歌」 [C] (1794)
ハ長調の晴朗な伴奏に乗って芯のあるオッターの美しい声で歌われる短い歌。言葉を噛み砕きながら巧みに変化をつけた歌唱。非常に起伏に富んだ歌で、小品でも素晴らしい聴き応え。
Hob.XXVIa:27 / 6 Original Canzonettas 1 No.3 "A Pastoral Song" 「牧歌」 [A] (1794)
ハイドンの歌曲の真髄。非常に美しいメロディー。古典の均衡。やはりオッターの声は素晴らしい浸透力。波の歌手とは違いますね。カッチリとした表現、高音の伸び、ことばの積み重ねによる歌曲を極めた歌。
Hob.XXVIa:30 / 6 Original Canzonettas 1 No.6 "Fidelity" 「誠実」 [f] (1794)
嵐の訪れのような激しい曲調。速めのテンポによって荒々しさが強調されます。程よい起伏のなかで激しい表現を尽くします。終盤の速い音階と静寂の繰り返しは見事。
Hob.XXVIa:34 / 6 Original Canzonettas 2 No.4 "She never told her love" 「彼女は決して愛を語らなかった」 [A sharp] (1795)
一転してしっとりとした曲。知的な女性がふと見せる心情の吐露のような曲。そっと語りかけるような歌に酔いしれます。このアルバムの聴き所。
Hob.XXVIa:31 / 6 Original Canzonettas 2 No.1 "Sailor's Song" 「船乗りの歌」 [A] (1795)
メルヴィン・タンのリズミカルな伴奏から曲にエネルギーが満ちます。オッターの歌は素晴らしい声量。タンもオッターもあらん限りの力感で見事な掛け合い。突風が吹き抜けるような勢い。
Hob.XXVIa:36bis / "Der verdienstvolle Sylvius" 「?」 [ ] (1795)
最後の前の曲はまたしっとりとした曲。この曲は演奏が少なく他には手元にシュライアー/デムス盤しかありません。短い曲。
Hob.XXVIa:41 / "The Spirit's Song" 「精霊の歌」 [f] (c.1795)
最後は名曲「精霊の歌」。歌に魂が宿っているような渾身の歌唱。音量のコントロールやフレージングと言うレベルを越えた、歌曲の真髄にせまる表現。きらきら輝く水晶のようなきらめきもあり、深く沈む情感も宿る素晴らしい表現。圧倒的な出来。流石オッターというところでしょう。
やはり並の歌手とは異なるレベルの歌唱。オッターの歌曲は異次元の出来でした。手に入れるまでその存在すら知らなかったアルバムでしたが、素晴らしい内容に満足です。もちろん評価は全曲[+++++]、ハイドンの歌曲のアルバムとしてもすべての人にお勧めできる素晴らしいアルバムです。「ハイドン入門者向け」タグもつけます。
今月はいいアルバム目白押しですね。
tag : 歌曲 ナクソスのアリアンナ 古楽器 ハイドン入門者向け 英語カンツォネッタ集
ベルナルダ・フィンクの「ナクソスのアリアンナ」など

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ソプラノがリサ・ミルン(Lisa Milne)、メゾソプラノがベルナルダ・フィンク(Bernarda FInk)、テノールがジョン・マーク・エインズリー(John Mark Ainsley)、ピアノ伴奏がロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)によるハイドンの歌曲を集めたアルバム。録音は1999年11月2日、2001年5月7日の2回にわたるもの。ライヴではありません。レーベルはHyperionの廉価盤シリーズhelios。
収録されているのは「ナクソスのアリアンナ」とドイツ語歌曲2曲、英語の歌曲14曲。3人が交互に歌ってます。
ナクソスのアリアンナをはじめとして、最も美しい歌唱を聴かせるのがメゾソプラノのベルナルダ・フィンク。スロヴェニア人の夫婦の子としてアルゼンチンのブエノス・アイレスに生まれた人。地元のコンクールで優勝したのちヨーロッパに移り、各地のオケや歌劇場で活躍している人。
伴奏で見事なピアノを聴かせているロジャー・ヴィニョールズはイギリスのピアニスト。フィッシャー・ディースカウの伴奏で知られるジェラルド・ムーアに触発されて、大学を辞め、伴奏者の道に入った人。
収録曲の詳細はレビューとともに。
Hob.XXVIb:2 / Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」 [E flat] (c.1789)(メゾソプラノ)
ゾクゾクするような間を生かしたピアノの伴奏。流石に伴奏を志した人。伴奏だけで昇天しそうな素晴らしい入り。メゾソプラノのフィンクは伸びのある美しい声。ピアノの美しい伴奏に乗って伸び伸びと歌います。歌だけみると美しい声ながら、この大曲の劇性を十分に表現するには、すこし几帳面な印象はありますが、ピアノの伴奏のの立体感に助けられて、構えの大きな曲を絶唱。この曲は本当にピアノが巧い。伴奏によって曲の真髄が詳らかにされた感じ。もちろんフィンクの歌も悪くありませんが、歌曲の伴奏一筋の人の生き様を聴くよう。こんな感じを抱いたのはイタリア人のブルーノ・カニーノ以来。
Hob.XXVIa:21 / 12 Lieder No.9 "Das Leben ist ein Traum" 「人生は夢だ」 [E flat] (1781)(メゾソプラノ)
Hob.XXVIa:18 / 12 Lieder No.6 "Auch die Sprödeste der Schönen" 「どんな取り澄ました美人でも」 [F] (1781)(メゾソプラノ)
2曲フィンクのメゾが続きます。ハイドン独特の晴朗な曲調の歌曲を落ち着き払ったヴィニョールズのピアノに乗って、フィンクが絶唱。
Hob.XXVIa:31 / 6 Original Canzonettas 2 No.1 "Sailor's Song" 「船乗りの歌」 [A] (1795)(テノール)
この曲以降、テノールとソプラノが交互に担当。録音の残響が豊かに変化。特にピアノの中音の残響が非常に豊かに変わります。テノールの録音のみ他の録音とは異なる響きですので、この録音だけが上記のどちらかの日に収録されたのだと想像してます。ジョン・マーク・エインズリーはキリッとしたキレのいい声。テンポよく、良く通る声でハイドンのメロディーをクッキリ浮かび上がらせます。
Hob.XXVIa:26 / 6 Original Canzonettas 1 No.2 "Recollection" 「回想」 [F] (1794)(ソプラノ)
ソプラノのリサ・ミルンは若干硬質感のある、こちらもキリッとした声が美しいソプラノ。コケティッシュな感じもあり、聴き映えのする声ですね。ここでもピアノのヴィニョールズの名伴奏が聴き所。十分にリラックスした曲調が素晴らしい感興を呼び寄せます。
Hob.XXVIa:32 / 6 Original Canzonettas 2 No.2 "The Wanderer" 「さすらい人」 [g] (1795)(テノール)
Hob.XXVIa:27 / 6 Original Canzonettas 1 No.3 "A Pastoral Song" 「牧歌」 [A] (1794)(ソプラノ)
Hob.XXVIa:35 / 6 Original Canzonettas 2 No.5 "Piercing eyes" 「見抜く目」 [G] (1795) (テノール)
Hob.XXVIa:28 / 6 Original Canzonettas 1 No.4 "Despair" 「絶望」 [E] (1794)(ソプラノ)
Hob.XXVIa:33 / 6 Original Canzonettas 2 No.3 "Sympathy" 「共感」 [E] (1795)(テノール)
Hob.XXVIa:29 / 6 Original Canzonettas 1 No.5 "Pleasing Pain" 「愛の苦しみ」 [G] (1794)(ソプラノ)
Hob.XXVIa:34 / 6 Original Canzonettas 2 No.4 "She never told her love" 「彼女は決して愛を語らなかった」 [A sharp] (1795)(テノール)
Hob.XXVIa:25 / 6 Original Canzonettas 1 No.1 "The Mermaid's Song" 「人魚の歌」 [C] (1794)(ソプラノ)
Hob.XXVIa:36 / 6 Original Canzonettas 2 No.6 "Content"(Transport of Pleasure) 「満ち足りた心」 [A] (1795)(テノール)
Hob.XXVIa:30 / 6 Original Canzonettas 1 No.6 "Fidelity" 「誠実」 [f] (1794)(ソプラノ)
ここまでの曲はテノールとソプラノが交互に熱唱。特に印象に残ったのはソプラノの「牧歌」、テノールの「彼女は消して愛を語らなかった」の2曲。いつもながら素晴らしい曲調。ハイドンの歌曲の代表作でしょう。
Hob.XXVIa:41 / "The Spirit's Song" 「精霊の歌」 [f] (c.1795) (メゾソプラノ)
再び、ベルナルタ・フィンクのメゾに戻ります。この曲は絶唱が多い名曲。いろいろな演奏を聴くたびにこの曲のもつ魂にふれるような曲想に打ちのめされます。ハイドン作曲当時の時代から魂がワープしてきそうなリアリティ。沈み込むピアノの伴奏と歌。ピークのコントロールは流石です。フィンクの絶唱が深く心に残ります。
Hob.XXVIa:42 / "O tuneful Voice" 「おお美しい声よ」 [E flat] (c.1795)(ソプラノ)
最後はソプラノの名曲。ピアノ入りだけで昇天寸前。冷静に歩みを進めます。伴奏の間に誘われてソプラノのリサ・ミルンがやはり絶唱。ピアノの高音の特徴的な和音がキーとなって曲調を印象づけます。歌曲を聴く悦びに満ちあふれた曲といっていいでしょう。
はっきり言って、このアルバムの聴き所はヴィニョールズのしっとりしたピアノ。歌も十分巧いんですが、歌だけだと最高評価とはできません。評価は思い切って全曲[+++++]としました。歌曲のよいアルバムということ以上にヴィニョールズの至芸を聴くべきアルバム。
このアルバムは私が立ち寄るタワーやHMVで見たことがありませんでしたが、本当は音楽を愛好するすべての人に聞いていただきたいアルバムです。歌曲の入門盤としてもおすすめな一枚ですので、皆さん、是非聞いてみてください。
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